第29話 結託

 迎えた約束時刻の午前零時。

 俺はガチャりと扉を開き、廊下に見張りの教員がいないことを確かめる。


「それじゃあ、行ってくるな」

「おう、頑張れよ」


 小声で京谷に挨拶を交わし、俺はそのまま廊下へと出る。

 ホテルの廊下は静寂に包まれており、物音ひとつ聞こえてこない。

 俺は忍び足で気配を消しながら廊下を歩いて北階段まで向かい、そこから足音を出来るだけたてないようにして階段を上っていく。

 階段をしばらく上っていき、最上階の客室のさらに上、屋上へと続く階段を上っていくと、踊り場の所に紺色の髪をした一人の女の子が立っていた。

 俺がそのまま彼女の元へと向かって階段を一段一段上がって行くと、気配に気が付いたのか、ぴくりと肩を揺らして女の子が振り返る。

 待っていたのは、俺が会う約束をした女の子、田浦愛優たうらあゆちゃん。


「遅くなってごめんね。待たせちゃったかな?」


 俺が小声で申し訳なさそうに田浦さんへ尋ねると、田浦さんは『平気』と言って首を横に振る。

 水玉にピンクのもふもふとした寝間着を身に着けた田浦さんは、とても可愛らしい。


「えっと……それで、俺に話したいことがあるって言ってたけど……」

「うん……」


 早速俺が本題を切り出す。

 心の準備は整っていた。

 ふぅっと一つ深呼吸してから田浦さんを見つめる。

 田浦さんは、コクリと頷いてからうつむきがちだった顔を上げて……


「これなんだけど……」


 と申し訳なさそうに、右手に持っていたスマートフォンを俺へ見せつけてくる。

 予想に反した問いかけに、俺は面食めんくらうものの、言われた通り田浦さんのスマホの画面へ視線を移す。

 俺はそのスマートフォンの画面を見て、唖然とした表情を浮かべてしまう。

 そこに表示されていたのは、俺と紗季先生が仲睦まじい様子で沖縄旅行を楽しんでいる数枚の画像が写っていた。

 しかも、まるで二人だけでいるようにうまい具合に撮影されており、文面には『【超速報!】二年二組担任大津紗季おおつさき先生と、二年二組生徒須賀海斗すがかいと、修学旅行でも密会か⁉』というスクープ写真のように取り上げられていた。

 それは、前に京谷が教えてくれた県立宇立高校Botけんりつうだこうこうぼっと

 田浦さんは至極真面目な表情で俺を見つめてくる。


「これ、どういうこと? もしかして須賀君、私達の目を見計らって、本当に大津先生と――」

「そ、そんなわけないだろ! 田浦さんなら分かるよね? だってさっきまでずっと一緒に行動してたんだから! こんな不自然に二人きりになることなんて出来っこないって、分かってくれるよね?」

「うん、私も須賀君を信じたい。だってこの写真のほとんどが、今日一緒に私もいた時の写真なんだもん……」


 どうやら、田浦さんは本当に俺のことを疑っているわけではなく、事実確認として俺に確かめて来ただけらしい。

 今回は田浦さんに変な誤解をされることなく済んだことに安堵すると同時に、むかむかとしたものが胸の奥から込み上げてくる。


「にしても、なんだよこれ……」


 勝手に根も葉もない情報をSNSに流され、俺は苛立ちから眉間にしわが寄ってしまう。


「私も分かんない。けど、一つ言えるのは、誰かが須賀君と大津先生が付き合ってるってでっちあげようとしてる」

「誰か、他にこのことを知ってる奴は?」

「分からない。でも、投稿されたのが一時間前だから、修学旅行の夜に暇つぶしにこのSNSを見てる人は多いかもしれない」

「くそっ……なんでこんなことになってるんだよ……」


 俺は今日、晴れて田浦さんに告白して付き合い始めて、ようやく紗季姉との噂からも解放され、青春を謳歌する予定だったのに……!

 それが蓋を開けてみれば、修学旅行の夜にまたBOTで偽装工作をさせられて、俺の立場が危うくなってしまう始末。

 もしこれで俺が田浦さんに告白して成功したとしても、二股をかけているクズ野郎というレッテルが貼られ、俺が被害をこうむるだけでなく、田浦さんにも迷惑を掛けてしまうことになる。

 つまり、今日この場で田浦さんへ告白をすることは、ほぼ不可能となったわけだ。


「くそっ、一体誰なんだよ、俺の邪魔をしてくる奴は!」


 俺は思わず頭を掻きむしって苦虫を噛む。


「その事なんだけどね……」


 すると、田浦さんが冷静な口調で話し出す。


「多分、前から事前に計画的にられてたんじゃないかなって思うの。意図的に大津先生と須賀君を同じ場所に居させることで、二人きりになった瞬間を隠し撮りしてSNSに拡散する。そうすることで、何かの目的を達成または阻害しようとしている人がいる……」


 田浦さんの話を聞いて、俺も大体の言いたいことを理解できた。


「つまり……その黒幕が誰かは分からないけど、その協力者が班の中にいるかもしれないってことか……?」


 コクリと頷く田浦さん。

 つまり、何かしらの目的があって俺と紗季姉を付き合っているていにして、なんらかの目標を裏で達成しようとしている者がいる。

 疑いたくはないけど、もしかしたら友人と思っていた奴らに利用されて騙されている可能性もゼロではないのだ。


「だから、このことは私達だけの秘密。絶対に他の人にも口外厳禁だよ」

「うん、分かった」


 そのことを考えたら、迂闊にこの話を他の奴にいうことは賢明ではない。


「このことを早く須賀君に教えた方がいいと思って……ごめんね、迷惑だったよね?」

「そんなことない。むしろ、田浦さんが気づいてくれてうれしいよ」

「うん……前みたいに、噂を信じたくなくて……ちゃんと須賀君の口から聞きたかったから……」

「田浦さん……」


 それだけでも俺にとっては嬉しかった。

 前は勘違いでギスギスした関係になってしまったけど、同じ二のまいを演じたくないのは、田浦さんも同じだとわかったから。


「だから、この修学旅行が終わるまで……じゃなくて、犯人が見つかるまで、私は須賀君に協力したいと思ってるんだけど、ダメかな?」

「全然、むしろ協力者がいるだけでもありがたい」

「それでね、私にいい作戦があるんだけど……」


 そう言って、田浦さんが恥ずかしそうにしながら手招きしてくる。

 俺は田浦さんの元へと近づき、彼女の口元へ耳を近付けた。

 コショコショと話す田浦さんの作戦を聞いて、俺は目を見開いてしまう。


「えっ……でも、それだと田浦さんにも迷惑をかけちゃうわけで……」

「平気だよ。言ったでしょ、犯人を見つけ出すまで協力するって。それに……私にとっては役得やくとくでしかないから」

「えっ、今何か言った?」

「ううん、なんでもない!」


 慌てて手を振る田浦さんは、一つ喉を鳴らしてから俺に向き直る。


「とにかく、明日からこの作戦を決行するから、一緒に犯人探し頑張ろうね!」

「うん、よろしくね田浦さん」


 こうして、俺は田浦さんに告白をすることは叶わなかったけど、俺と紗季姉をくっつけようとする陰謀論を作りあげようとしている犯人を捜し出すため、二人は協力体制を取るのであった。

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