第26話 景勝地

 アミューズメント施設を後にして、俺たちは最後の目的地へと向かう。

 紗季先生は先にホテルへと戻り、生徒たちを出迎えるとのことで、フルーツランドでお別れとなった。

 陽が西に傾き始めた頃、最後に向かったのは沖縄本島の読谷村よみたんそんにある残波岬ざんぱみさき

 タクシーを降りた二班は、強く吹き抜けていく風を受けながら、目の前にそびえ立っている高さ20メートルほどの真っ白な灯台へと足を進めていく。

 田浦さんたち女性陣は、吹き付ける突風でなびく髪を手でおさえながら、俺たちの後ろを歩いていた。

 灯台へ続く砂地の道を進んでいくにつれ、辺りはごつごつとした岩場へと景色が変化していく。

 灯台に到着して、そこからさらにらせん状の階段をがって行く。


「ふぅ……疲れた……」


 普段運動をあまりしていない俺にとっては、この階段上りはかなりキツい。

 のぼり終えたところで、思わず膝に手をついてしまう。


「ほら、そんなところに突っ立ってないで、こっち来てみろよ!」


 まだまだピンピンしている京谷にうながされて、俺は灯台の展望台へと出る。

 展望デッキに出た瞬間、ぶわっと強い風が吹き込み、俺の視界をさえぎってきた。

 突風に俺は思わずまぶたを閉じる。

 吹き抜ける風がおさまるのを待ってから、ゆっくりと目を開けると――

 

 そこには、オーシャンブルーの東シナ海の大海原が広がっていた。

 まさに絶景という一言にきる景勝けいしょうに、俺は言葉を失って見入ってしまう


「はぁ……やっと上り終えた……」


 そこでようやく、田浦さんが階段を上り終えて展望デッキへとやってきた。


「愛優は運動不足すぎ。もう少し体力付けた方がいいっしょ」

「そ、そうなんだけどぉー」

「うわぁ、綺麗!」


 田浦さんの返事を待つことなく、木下さんは目の前に現れた景色に感動の声を上げる。

 それにつられて田浦さんも疲れている身体を起こし上げ、目の前に広がる大海原の絶景を眺めた。


「……」


 田浦さんはその景色に見惚れてしまったのか、ぽかんと口を開けてほうけている。


「階段上ってきた甲斐があったっしょ?」


 そう言って得意顔で木下さんが田浦さんへ尋ねている。


「うん……凄く綺麗」


 田浦さんは目を輝かせて、そう声を漏らした。

 展望デッキの手すりに手を置きつつ、一同はしばらく目の前に広がる非日常の景色を無言で堪能する。

 恐らくあと一時間ほどしたら、傾いている陽が目の前に広がる大海原へと沈んでいく神秘的な光景を見ることが出来るのだろう。


「なんだか、こうしてるといつもの喧噪けんそうな日常なんてどうでもよくなってくるな」

「あぁ……ホントに京谷の言う通りだわ。なんか悩んでることとかどうでもよくなって、ずっとここでこの景色を眺めていたい気持ちにさせられるな」


 男二人が感傷かんしょうひたる中。


「うっひょー! 見てみて愛優、あの人達あんなきわまで歩いてってるよ!」

「ホントだ……大丈夫かな?」

「あーしらも行ってみようよ!」

「えぇ⁉ 危ないって! それに私、もう足がパンパンで……」

「修学旅行なんだから、今日くらい少しでも無理して羽目を外さないと。ほら、行くよ!」

「ちょっと、分かったからぁー」


 木下さんに手を引かれて、田浦さんは展望デッキの下に見えるごつごつとした岩場へと先に向かって行ってしまう。

 他の班のメンバーも景色を写真に収めたりした後、各々階段を降りていく。

 今展望デッキにいるのは、俺と京谷の二人だけ。


「悪かったな」


 すると突然、京谷が謝罪の言葉を口にする。


「えっ?」

「いやぁ……せっかくの班行動、なかなか二人きりになる機会を作ることが出来なくて」


 申し訳なさそうな顔で頭をく京谷。

 どうやら、俺と田浦さんを二人きりに出来るタイミングをのがしたことを悔いているらしい。


「仕方ねぇって。木下さんだっているわけだし、田浦さんを独り占めするわけにはいかないだろ? まあそれに、ほとんど大津先生がいたし、あれじゃあ難しいって」

「あれは予想外だったんだけどよ。まあ班決めの時から目をつけられてたし、仕方ないっちゃ仕方ないか」


 そう結論付けて、一旦話が途切れる。

 再び二人で目の前の景色をじっと眺めていると、京谷がふと尋ねてくる。


「それで、海斗は今日どうするつもりなんだ?」


 何をと言われなくとも、俺には京谷の聞きたいことが理解できた。

 だから俺は、目の前に広がる大海原の絶景を見つめたまま言葉を紡ぐ。


「今日の夜。もう一度チャレンジしてみるよ」


 それは、俺の中で芽生えた心からの気持ちだった。

 勇気を出してその言葉を口にすることが出来たのも、日常の喧噪を忘れることが出来ているからなのかもしれない。


「そっか……頑張れよ」


 京谷はただ一言そう言ってくる。

 視線はまだ、夕陽に照らされて色づく海へ向いたままだ。


「おうよ」


 俺が口角を上げて頷くと、京谷はふぅっと一息ついてからきびすを返した。


「じゃ、俺たちも下の方行ってみようぜ」

「そうだな」


 京谷の後を付いて行くようにして、展望デッキの出口へと向かっていく。

 出口の前で俺は一度立ち止まり、首だけ後ろに向ける。

 その眼前がんぜんに広がる夕陽と青い海を前にして、俺は自分に暗示のように言い聞かせた。

 今日の夜、田浦さんにまた告白するんだと。


 俺は決意を固めてふっと肩の力を抜いたところで、京谷の後を追うようにしてらせん状の階段を降りていった。

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