第22話 二日目、ついに迎えた……水族館デート⁉

 ついに迎えた、修学旅行二日目、班行動の日。


 ホテルのエントランス前には、無数のタクシーがこれでもかと停車していた。

 今から班ごとにタクシーへと乗り込み、自分たちで組んだスケジュールに従って観光を楽しむ予定になっている。

 天気は快晴とまではいかないものの、太陽が燦々と照りつけ、南国特有の蒸し暑さを感じていた。

 俺は田浦さんとの親睦を深めるチャンスだと捉えて気分が高揚しているのか、心臓がバクバクと脈を打っているのがこれでもかと伝わってくる。

 自分でも驚いているほどに緊張しているらしい。


「うしっ。そんじゃあさっそく向かおうぜ」


 というわけで、班のメンバーはタクシーへと乗り込む。

 もちろん席順は、助手席に体育会系女子が乗車し、後ろの席に俺と京谷ともう一人のか弱そうな女の子。

 本当なら、男子の誰かが一人助手席というのがデフォルトなんだろうけど、後ろが窮屈になるよりはマシだった。

 これから、約一時間半タクシーに乗車していなければならないのだから。

 スケジュール表をタクシーのドライバーへと手渡し、目的地までの運転をお願いする。

 他の班が乗ったタクシーと列をなすようにして、ゆっくりとホテルのエントランスから一般道へと進んでいく。

 タクシーが沖縄自動車道へと入り、加速していく中、ふと京谷が耳元で俺に囁いてくる。


「今日が千載一遇のチャンスだな」

「な、何がだよ……」

「そりゃもちろん。田浦さんとの距離を詰めて告白する――」

「だぁぁぁぁ、もういいってば」


 これ以上からかってくるなというように、俺は京谷の口元を塞ぐ。

 京谷は俺の肩をばしばしと叩いて、塞がれている口を解放してもらおうと必死にもがいている。

 これ以上暴れると、他の車内にいる人に迷惑を掛けることになるので、仕方なく俺はぱっと手を離してやった。


「ったく海斗は、少し加減ってのを覚えろ。鼻まで塞がれて窒息しかけたぞ」

「なら、それ以上その減らず口を叩かないことだな」

「悪かったって」

「ふんだ」


 腕を組みながら、ぷぃっと窓の外へ視線を向ける。

 車窓からは、沖縄の軍事基地が見えており、ただならぬ重厚感を醸し出していた。


「だから、男がそれやってもきもいだけだって」

「ふーんだ。勝手に言ってろ」

「あはははっ……」


 結局、そんな調子で走り続けること一時間半。

 最初にたどり着いたのは、沖縄に来たら絶対に外せない観光地と言えるであろう水族館である美ら海水族館へとやってきた。


「ありがとうございます」


 タクシーの運転手さんにお礼を言ってタクシーを降りると、丁度後ろから田浦さん達の班を乗せたタクシーもやってきた。

 俺たちはしばしその場で待機して、田浦さん達の班と合流する。


「お疲れさん」

「いやぁー結構遠かったね」

「まあ、外れの方にあるから仕方ないよな」


 美ら海水族館は中心部である那覇市からはかなり北部の位置にある。

 必然的に沖縄らしい都会の街並みではなく、自然豊かな潮風漂う景色へと様変わりしていた。

 海洋博公園という巨大な公園の一角に水族館があり、他にも熱帯ドリームセンターや海岸遊歩道など、多くの施設が連なっているテーマパークのような施設である。


「それじゃ、早速みんなで行こうか」

「うん、そうだね」


 早速俺たちは、メインである水族館の入口へと向かって歩き出す。

 チケットを購入してゲートをくぐると、早速俺たちを出迎えてくれたのは、熱帯魚たちの水槽。

 沖縄の浅瀬の海に生息する熱帯地方ならではのヒトデやナマコなどを触ることが出来るコーナがあり、そこを少し進めば太陽の光が直接差し込むサンゴ礁に住む生き物たちの水槽が現れる。


「うわぁ……綺麗」


 田浦さんはうっとりとした目で、水槽を泳ぐ魚たちを眺めている。

 そんな魚を見ている田浦さんの方がもっと綺麗だよと頭の中で思ってしまうけど、心の中だけに留めておいて、田浦さんの隣で水槽を見つめた。

 代表的な魚から、見たことのないものまで、彩り豊かな魚たちが優雅に泳いでいる。


「確かに、これは絶景だな」


 思わずその幻想的な美しさに、俺も感嘆の声を漏らしてしまう。

 すると、不意にくいっと袖を掴まれた。

 見れば、田浦さんが俺の袖を掴みながら、きらきらとした瞳を浮かべてる。


「ねぇ、今度はそっちの水槽見てみよう!」

「う、うん! 行こうか」


 田浦さんにつられて、次々と興味のある水槽を一緒に観て回っていく。

 その間も、ずっと田浦さんは俺の袖を掴んだまま、うっとりとした表情で水槽を見つめていた。

 気分が高揚して無意識なのだろうけど、俺は袖を掴まれたおかげで魚どころではない。


「フエダイって言うんだって。結構可愛い名前だね」

「う、うん! そうだね」

「あっ、コブダイだ! ねぇねぇ須賀君見て見て! あの頭のプルプル感が可愛いよね」

「お、おう! そうだな」


 俺はまともな返答が出来ずに、しどろもどろになりつつ返事を返すことしか出来ない。

 とそこで、ふと辺りを見渡すと、他の連中がいなくなっていることに気が付いた。

 どうやら、この人混みの中ではぐれてしまったらしい。


「あれっ。京谷達いなくなっちまった」

「えっ? あっ、本当だ……ごめんね、私がはしゃいじゃったから」

「いいっていいって、気にしないで。それほど楽しみにしてたってことでしょ?」

「う、うん……」


 コクリと頷く田浦さん。

 心なしか頬が赤く染まっているような気がした。


「どうすっか。どこかで連絡取り合って合流するか」


 俺がそう言うと、またもや田浦さんがくいっと袖を引っ張ってくる。


「連絡は後ですればいいよ。今は、二人で一緒に楽しも?」


 強烈なまでの田浦さんの上目遣いに、俺は圧倒されてしまう。

 そして、コクリと首を縦に振ると、田浦さんは嬉しそうに微笑んだ。

 なんだ、なんだ、なんだ、なんだこれ⁉

 まるでカップルが一緒になりたい口実を作って秘密デートしてるみたいじゃないか!


「あっ、向こうの水槽にジンベイザメがいるんだって。いこ、須賀君!」

「う、うんっ!」


 俺は違う意味で緊張と高揚感が高まっていた。

 この二人だけの時間がずっと続けばいいと思ってしまうほどには。

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