第21話 一日目の夜

 一日目の日程を終えて、バスで宿泊先のホテルへと到着。

 バスのトランクルームから、各自の荷物を受け取り、事前に割り振られている部屋へと向かう。

 俺は京谷と田浦さん達と同じ班で黒縁くろぶち眼鏡をかけた男子との三人部屋。

 すぐにベッドの配置を決め終えて、しばらく京谷と軽い雑談を交わした後、夕食会場へと向かった。

 畳み式の大部屋である夕食会場には、学年の全生徒が何列かの長机を囲んで座っており、前の方にいる教職員たちへ目を向けていた。


「それじゃあ、今日は一日お疲れ様でした。あとはお風呂に入る以外特に予定もないので、ゆっくり身体を休めてください」


「はーい」っと生徒たちの返事が聞こえる。

まあ大半の生徒は、身体を労わることなく夜更かしに興じるのだろうけど。


「それじゃあ手を合わせて……いただきます」


 いただきますの挨拶をして、目の前に用意されている夕食へと手を付け始める一同。

 沖縄の郷土料理が出て来るかちょっぴり期待していたけど、普通に生姜焼きとポテトサラダに野菜スープという、なんとも質素なラインナップでがっかりしたのはさておき。

 俺たちは夕食を食べ終えた後、ホテルの大浴場で風呂にも入り、今は教職員による消灯前の点呼と抜き打ちチェックをし終えた所だった。

 騒ぐ本番は明日の夜ということもあり、今日は少し京谷と話をしてから、特に部屋移動もすることなく寝ることにする。

 一方で、黒縁眼鏡の男子は点呼を終えるなり、『じゃあ、俺は隣の部屋行くから』と言って、すぐに部屋を移動していってしまった。

 まあ、俺と京谷といたところでほとんど会話も弾まないだろうし、気まずいだけならいつもつるんでいるもう一人の黒縁男と一緒にいた方が彼にとっても楽しい修学旅行の思い出が作れるだろう。


 そんなこんなで、俺と京谷の会話は、自然と俺と田浦さんの話題になっていた。


「それでよ、結局SNSの誤解が解けたのはいいけど、海斗はこれから田浦さんとぶっちゃけどうなりたいんだ?」

「そりゃまあ……機会があればまた告白して付き合いたいなって思うけど……修学旅行終わったら、一斉に受験モードに突入しちゃうから、タイミングが無いんだよなぁ」

「まあ確かに、宇立うちの学校は一応進学校だしな」


 宇立うだ高校の東大合格者は年間5人ほど。

とはいえ、国公立進学率も30%近くと高く、大学進学率だけで言えば99%と言っていいだろう。

殆どの生徒が高校卒業後は大学へ進学するという中で、約7割近くの生徒がGMARCH以上の大学へと進学するのだから、高二のこの時期から大学受験に向けて準備を始めるのは当然のこと。

 俺もレールから外れることなく、皆と同じように大学進学を予定している。


「ってなると、まあ現実的に考えて、再告白するタイミングはこの修学旅行しかないってことだな」

「やっぱり、そうなるよなぁ……」


 現実を突き付けられ、思わず額を手で押さえてしまう。


「どうしたんだよ。もしかして、怖気おじけづいてるのか?」

「そりゃだって……誤解は解けたとはいえ、再告白したって付き合える保証はないんだから当たり前だろ」

「大丈夫だって、当たってくだけてこい!」

「砕ける前提かよ⁉」


 俺のツッコミに対して、ケラケラと笑い声をあげる京谷。


「ごめんごめん、冗談だってば。まあでも少なくとも俺から言えることは、海斗が後悔しない選択を取ればいいんじゃねぇの?」


 京谷の言うとおりである。

 結局は自分自身の問題であり、いくら他人に相談したところで田浦さんと付き合える確率が上がるわけでもない。

 自分が行動を起こすしかないのである。

 なので、この話はもう不毛だと考えた俺は、矛先を京谷へと向けた。


「まあ、俺の話は俺が決めるとして、京谷はどうなんだよ。何かやり残してることはねぇの?」

「えっ……俺?」

「だってお前、これまで何度も告白されてきてるのに断り続けてるんだろ? それって、好きな人がいるからじゃないの?」

「別に……そういう訳じゃねぇよ」


 すると、明らかに京谷の口調が暗いものへと変わる。

 視線はそっぽを向いているものの、それ以上は何も聞くなと表情が語っていた。


「まあ、京谷も京谷で色々とあるんだろうけど……あんまり無理しすぎるなよ」

「あぁ……そうする」


 俺がそれ以上踏み込まないようにして話題を切ると、微妙な空気感が部屋をつつみ込んでしまったので、二人は眠りにつくことにした。

 結局、京谷がなぜ今まで色恋沙汰がないのか分からずじまいだったけど、ひとまず先に優先すべきは己自身のことだと言い聞かせる。

 そして、明日の班行動のシュミレーションを頭の中で考えているうちに、意識は深淵の中へと遠ざかっていくのであった。

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