第18話 修学旅行の朝
時刻は朝の七時を回ったところ。
俺は東京国際空港羽田のターミナル内の地べたに座っていた。
いつもの登校時間より早いこともあってか、辺りにいる生徒達は欠伸をしたり目を瞑って仮眠を取っていたりと、まだ皆眠そうだ。
中には、『いやぁー昨日楽しみすぎて寝れなくて貫徹だわー。でも、全然眠気来ないんだわー』っと徹夜自慢を豪語している奴もいるけど、あぁいう奴に限って飛行機の中で爆睡してしまい、行きの飛行機で話に置いてかれるというオチが見えていた。
とはいえ、修学旅行で浮かれている者も多く、これから飛行機で沖縄へ向かうという高揚感もあってか、いつもよりも生徒たちの生気は溢れている。
しばらくして集合時間になると、ぞろぞろと先生たちがやってきて、生徒たちをクラス別に一列に整列させた。
列の前には当然、紗季先生もピシっとした姿勢で立っている。
引率教員らしく、白シャツに紺色のジャケットにスキニーパンツという格好。
眠たそうな素振りは一切なく、きりっとした表情をしていた。
すると、各クラスの担任教師たちは、出欠確認を始める。
紗季先生も一列に並んだクラスの顔を一人一人確認して、まだ誰か来ていないかどうかをチェックしていた。
各クラス出欠確認を終えると、学年主任の先生がトラメガを持ちながら喋り出す。
「皆さんおはようございます」
「おはようございます……」
学年主任の挨拶に対して、まばらな挨拶が生徒たちから返される。
「えぇー今日からの修学旅行。羽目を外し過ぎず、節度を守って楽しむこと」
それから、担任教師以外に引率する先生と旅行会社の添乗員が紹介され、一言ずつ自己紹介と挨拶を生徒たちに向けてしてくれた。
紹介を終えたところで、再びトラメガを持った学年主任の先生が声を上げる。
「はい、今から搭乗券を配るので、一枚だけ取ってうしろに回すように」
学年主任の先生から指示通り、各担任の教師から束になった搭乗券が一番前に座るクラスメイトに手渡され、一枚ずつ取って後ろへと回っていく。
俺と
「席どこだった?」
「36列のA」
「おっ、隣じゃん、よろしくー!」
そりゃ、配られた搭乗券を上から順に取っているのだ。
クラスごとにグロックで分けられているだろうし、隣の席になるのは当然。
「綺麗なCAさんいたりするかな?」
「まあいたとしても、俺たちのことなんてうるさいガキ程度にしか見られてないだろ」
「それなー。やっぱCAって、有名人とか起業家とかの金持ちと合コンして付き合うのかな?」
「さぁな」
そんなくだらない会話を京谷と繰り広げていると、チケットが後ろまでいきわたったようで、再び学年主任の先生がメガホンで声を上げた。
「今配った搭乗券は飛行機に乗るまでくれぐれも無くすなよ。それじゃあ、自分の荷物持って一組から順に保安検査場に向かうぞ。列乱さないでついてこい」
そう言って、隣のクラスである一組の生徒たちは荷物を持って立ち上がり、前の人から順に保安検査場に向かってぞろぞろと歩き出す。
一組の最後の一人が歩き出したところで、『それじゃあ二組行くわよ』と、今度は紗季先生の声がかかる。
その合図を聞いてから、俺も手荷物を持って立ち上がり、列に倣って保安検査場へと向かった。
まだ登校前の時間帯だというのに、空港内は多くの一般客で混雑しており、四つある保安検査場も、それぞれ結構混雑している。
俺たちも一般の乗客たちと同じようにして保安検査の列に並び、ポケットからスマホや財布などの貴重品を取り出して、籠の中へと入れていく。
「やべぇ……俺スイッチ中に入ってんだけど、検査場で引っ掛かったりしないよな?」
「平気だって。普通にリュックの中に入れた状態で大丈夫」
「マジで平気だよな? 引っ掛かって中身確認されて先生に没収とかないよな?」
「ないない、心配しすぎだって」
持ち込み厳禁の物を修学旅行へ持ってきて心配するクラスメイトの会話を聞きつつ、俺は問題なく保安検査を通過。
そのまま、流れで搭乗券に表記されているゲート付近まで京谷と一緒に向かう。
沖縄行きの飛行機の乗り場へ到着すると、ガラス越しにこれから搭乗する予定の飛行機がゲートに止まっているのが見える。
どうやら
まだ搭乗のアナウンスはなく、集団で固まっていても一般客の通行の迷惑になるだけなので、各自散らばって近くの椅子に腰かける。
椅子に座りながら世間話をしたり、隙間時間を睡眠に費やす奴もいれば。駐機場に並ぶ飛行機をバックにして、はしゃぎながら自撮り写真を撮って思い出を残すもの。
各自がそれぞれ、この普段とは違う空間を過ごしていた。
「ちぃっす須賀、三浦」
「おう」
すると、俺と京谷の元へやってきたのはクラスメイトの
薄手の白いニットに淡色のカーディガンを
金髪の髪との組み合わせにより、いつもとは違う大人っぽさを感じるコーディネート。
「お、おはよう」
そして、木下さんの隣から可愛らしい小動物のような姿が現れ、小さな声で挨拶を交わしてくる。
「おはよう田浦さん。今日からよろしくね」
「うん……ありがとう」
クラスメイトで、俺が絶賛恋している田浦愛優ちゃんは、白シャツに水色のカーディガンを羽織り、白のフレアスカートを着こなしていた。
彼女らしい華奢な身体を引き立てる可愛らしさたっぷりの私服姿。
普段拝むことのできない田浦さんの私服姿に、俺は思わず見入ってしまう。
「あれあれぇーお二人さんどうしたん? 随分顔が赤いけど?」
「へっ⁉」
「別に赤くねぇし」
木下さんにからかわれて、俺と田浦さんは同時にそっぽを向いてしまう。
仲直りしたとはいえ、人にからかわれたら自然と気恥ずかしくなってしまうのだ。
そんな二人の反応を見て、くすくすと肩を震わせて笑っている木下さん。
「もう……夢香ってば!」
からかわれたのが恥ずかしかったらしく、木下さんの背中をポンポンと叩く田浦さん。
そんな女の子同士の仲睦まじい光景を見ていると、ちょんちょんと肩をつつかれる。
振り向くと、席を立った京谷が俺を見下ろすような形で視線を向けてきていた。
「悪い、俺トイレ行ってくるから、荷物見張っててくれ」
「あっ、あーしも行ってこようっと。愛優も行こう」
「もう、夢香! ……ごめんね須賀君。私達の荷物も見ておいてくれる?」
「あっ、うん。任せて」
俺がそう言うと、田浦さんは頬を染めつつも木下さんの後を追っていった。
一人取り残された俺は、ふと考えに浸る。
勘違いを解消して以降、田浦さんと自然に話せるようにはなったけど、どこかむず痒さが残ってるんだよなぁ……。
この違和感は一体どこから来ているのだろうか?
「須賀君」
そんな疑問に首を捻っていると、不意に椅子の後ろから声を掛けられ、俺は身体をびくっと震わせて振り返る。
そこに居たのは紗季先生で、なにやらもじもじと身体を揺らしながら頬を染めていた。
「ど、どうしたんですか先生?」
「そ、その……私もお花摘みに行ってきていいかしら?」
「あんたもかい!」
思わず突っ込まずにはいられなかった。
「ほら、早く行ってきなよ、荷物見ててあげるから」
「あははっ……ありがとう。よろしくー」
本当に我慢していたらしく、紗季姉はダッシュでお手洗いへと駆け込んでいった。
まあ、先生らしく振る舞っているとはいえ、こういう時もあるよね。
そんなことを思いながら、俺は四人の荷物の見張り番を任され、一人キャリーケースに取り囲まれながらみんなの帰りを待った。
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