第16話 進路相談という名の……~Side京谷~

 その頃、放課後の職員室にはトレーニングウェアに身をつつんだ京谷の姿があった。

 コンコンと扉をノックして、職員室の扉を開く。


「失礼します、大津先生はいらっしゃいますか?」


 京谷が職員室の入り口で大津先生を呼ぶと、奥の席に座って何やら作業中だった先生がこちらへ顔を向けた。

 現れたのが京谷だとわかった大津先生は、指を奥へとさして、先に向かっているよう指示しじしてくる。

 京谷はコクリと頷き、一礼してから踵を返して職員室の扉を閉めた。

 向かったのは、職員室横に併設されている面談室。

 三つあるうちの一番奥の個室へと足を踏み入れ、手前のパイプ椅子に腰かけた。

 簡易的な三畳ほどの狭い部屋にもかかわらず、空調も設備されており、部屋の中は快適。

 まあ、今の季節は過ごしやすいので、エアコンや暖房をつける必要もないけれど。

 そんなことを考えていると、扉がコンコンとノックされ、がちゃりと扉が開かれる。

 大津先生は、腕に資料のようなものを抱えながら入ってきて、机を挟んで向かい側のパイプ椅子へと腰かけた。


「ごめんなさい、部活途中に抜けて来てもらっちゃって」

「いえいえ。今日は顧問の機嫌が悪くて、きつい練習科れんしゅうかしてきたので、抜けれる口実があって丁度良かったです」

「はぁ……あなたはむしろそういう練習でチームを引っ張っていくのが役目でしょ。エースなんだから」

「まあ、俺は今どきそういう感情任せのスパルタ練習とか時代に合わないので遠慮しときます」

「全くもう……まあいいわ、早速始めましょう」


 そう言って、大津先生は手元に持っていた資料を机に置いた。

 京谷がここに呼び出されたのは進路相談のため。

 希望調査票には、大学進学でスポーツ科学を専攻と記入しており、来年度は文系へと進む予定になっていた。


「三浦君の場合、今後の部活動の実績や成績によっては、スポーツ推薦やプロへの選択肢もあるかもしれないから、進路に関してはケースバイケースって感じよね」

「まあそうなりますね」

「そうなってくると教師として言えることは何もないのよねぇ……。部活動に励んで、単位を落とさない程度に適度に勉強を頑張って頂戴としか言えないわ」

「はい、出来るだけ期待に応えられるように頑張ります」


 無難な回答を京谷が答えたところで、部屋の空気が弛緩する。

 どうやら京谷の進路相談はもう終わりのようで、大津先生はとんとんと資料を整えて、机の上に置いてあった進路調査票をさっさとファイルに仕舞い込んでしまう。

 すると、ふぅっと息を吐いた先生は、突然頬杖をついて教師らしからぬ態度で京谷を睨みつけてくる。


「それで、あれはどういうことかしら?」


 先ほどまでの凛々しさはどこへやら。

 ガンを飛ばしてくる不良のような鋭い目つきで声音も落として尋ねてくる大津先生。


「何のことですか?」


 京谷は肩をすくめてあえておどけてみせる。


「何が……じゃないわよ。あの修学旅行の班の件よ。どういうことか説明してもらえるかしら?」

「俺はただ、平和的な解決方法を提示しただけですよ」

「ちっとも平和的じゃないわ! まさかとは思うけど、、忘れたわけじゃないでしょうね?」

「もちろん。というか、俺はむしろ大津先生にとっても動きやすいようにしたつもりでしたけど?」

「どういうことかしら?」


 意図が理解出来ず、眉を顰めて首を傾げる大津先生。

 それを見た京谷は、ふっと口角を上げて説明を始める。


「先生にとっては、班決めがくじ引きで行われた公平性を保ちつつ、担任としての威厳を保つことが出来た。それに、素行の悪い木下さんと海斗が同じ自由行動をすることで、先生が見張らなければならない労力も削減できる上に、海斗の行動も観察できて一石二鳥。どうです? 合理的な手段だと思いませんか?」


 京谷が肩をすくめて説明して見せると、大津先生は机についていた腕を今度は胸元で組んで、細い目で京谷を見据えてくる。


「あなたは一体どっちの見方なわけ?」

「俺は別にどっちの見方とかでもないですよ。中立的な立場を取っているだけです。どちらに加担するとか、野暮なことはしませんよ」

「そう、ならいいわ。部活に戻っていいわよ」

「はい、失礼します」


 京谷は一礼してから席を立ち、面談室を出て行く。

 その間も大津先生は、腕組みをしたままどこか遠くを眺めていた。

 扉を閉め、静まり返った夕日が差し込む放課後の廊下へと出てから、昇降口へと歩いていく。


「はぁ……相変わらずだ」


 ほんと、気をつけていないと揚げ足を取られかねない。

 今度の修学旅行、京谷は細心の注意を払わなければならないだろう。


「まっ、正直ここまでバックアップしてやったんだ。そろそろ海斗にも、結果を残してもらわないとな」


 そんな独り言を呟きつつ、昇降口でスパイクへと履き替えて、京谷はグラウンドへと戻っていった。

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