第12話 京谷の悪知恵

 田浦さんと同じ班になれず、誤解も解くことが出来ぬまま、どん底の気分で沖縄で行く場所決めをしている最中。

 いきなり木下さんがわめきだしたかと思えば、なんと俺たちと一緒に班を組む予定だったという初耳話をこちらへ振ってきた。

 とんだとばっちりを受けた京谷は一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐにふっと破顔はがんしてにこやかな笑みを浮かべる。


「あぁ、そうだね。せっかく一緒に組もうって話してたんだけど、まさかくじ引きになるとは思ってなかったよ。ホント残念だよなっ、海斗」


 そう言って、京谷は俺の肩を叩いて同意を求めてくる。

 もちろん、俺はそんな約束全く知らない。


「お前ら、いつの間にっ――」


 俺が口を開こうとしたところで、咄嗟とっさに京谷が慌てて腕を回して肩を組んでくる。

 そして俺の耳元で他の生徒に聞こえないよう小声でささやく。


「バカ、冗談に決まってるだろ。せっかく向こうから提案してきてるんだ。このチャンスを逃すなっての」


 悪魔のような囁きをしてくる京谷に対して、俺は小声で言葉を返す。


「で、でもさすがにくじ引きで決めた班をこっちの都合で変えるのは色々とまずいだろ……」


 もしお互いの同意があったとしても、他の班から反感を食らうのは目に見えている。

 公平性を保つためにくじ引きで班決めが行われた意味がなくなってしまうのだから。


「大丈夫だ、俺にいい案がある。だから俺に任せて、お前は話を適当に合わせてくれ」


 そう言う京谷はにやりと少し悪い笑みを浮かべた。

 必死そうな目で、京谷は訴えかけてきている。

 京谷が何をたくらんでいるのかは分からないけど、俺だって出来ることなら田浦さんと同じ班になって行動したい。

 だから、俺は京谷を信じることにした。

 二人での密会を素早く終えて、俺は肩をすくめて言い放つ。


「そ、そうなんだよ。実はくじ引きする前に、一緒に組もうって話をしてたんだよ。なっ、田浦さん!」

「へっ⁉」


 俺は勢い余って田浦さんにも余計なことを尋ねて巻き込んでしまう。

 田浦さんは驚いた様子で俺を見つめてきていた。

 俺は話を合わせてくれるよう、懸命にまばたきを繰り返して、アイコンタクトで田浦さんに気づいてもらえる必死に促す。

 すると、田浦さんにも意図が伝わったのか、はっと何かに気づいた様子で俺にアイコンタクトのウインクを送ってくる。


「う、うん……実は、そうだったんだよね。黙っててゴメンね」


 そして、田浦さんは嘘を吐くのを非常に申し訳なさそうにしながらも、同じ班になったクラスメイトの男子ペアに頭を下げて謝った。

 するとそこで、京谷が間に割って入るようにして声を上げる。


「まあでも、くじ引きで決めた班を私情で勝手に変えるのは他の人も納得いかないだろうし、決まったものは仕方ないから、良かったら自由行動のスケジュールを全部同じ場所と時間に合わせるのはどうかな?」


 そこで京谷が提示した案は、波風立てることなく、最も平和的に解決できる妙案だった。


「二人はどう、無理なお願いをする形にはなっちゃうんだけど、それでもいいかな?」


 京谷がペアの女子へ申し訳なさそうな顔をしながら確認の意を込めて尋ねる。


「まあ別に、私は美味い沖縄料理が食べられるなら異論はないよ!」

「私も……三浦君がそういうなら……」


 二人は京谷の案を快く受け入れてくれた。

 流石はサッカー部のエースにしてクラスのイケメン。

 爽やかな笑顔で女子たちの意見を丸め込んで見せた。


「そっちは、どうかな?」


 京谷は次に、田浦さん達の班の男子ペアへ様子をうかがうようにして尋ねる。


「えっと……」

「俺たちは……」

「もちろん、お前らもいいよな?」


 するとそこで、木下さんの強烈な圧が二人を襲う。

 黒縁くろぶち眼鏡の二人は木下さんの威圧に怯えた様子で、ビクっと身体を震わせる。


「は、はい!」

「も、ももももちろん、三浦君達がそれでいいなら喜んで!」


 半ば無理矢理だけど、同意を得ることが出来た。


「よしっ……なら決まりだな。ってことで、自由行動は同じ場所を回ることにしよう。それなら構わないですよね、先生?」


 京谷は最終確認を取るようにして、紗季先生へ視線を向ける。

 紗季先生は眉根をしかめつつ、困った様子で大きくため息を吐いた。


「全く、相変わらず悪知恵だけは働くんだから……。ダメに決まってるでしょ」


 紗季先生は京谷の提案を瞬時に一蹴する。

 やっぱりダメかぁ……。

 そう諦めかけた瞬間、紗季先生が言葉を続けた。


「まあでも、こともあるだろうし、なら、咎めることは出来ないわ」


 そう言い残すと、紗季先生は諦めたようにため息を吐きながら教壇へと戻っていく。

 つまりそれは、暗黙の了解ではあるものの、合同班結成を一応は認めてくれたということ。

 すると京谷がにっこりとした笑顔を浮かべて、班のメンバーを見渡した。


「よしっ、それじゃあ話を戻して、自由行動どこに行くか決めて行こう!」


 そう言って、京谷は田浦さん達の班に聞こえるようにわざとらしく大きな声を出しながら自由行動の場所決めの話し合いを再開する。

 つまり紗季先生が言ったことは、この話し合い中にたまたま聞こえてきた他の班の会話を参考にして、行く場所を決めるのは構わないということ。

 だからこうして話し声を大きくすることで、班で話しているていをなして、会話をお互い盗み聞きしながら、行く場所を合わせていく。

 そうすれば、さも偶然を装って二班とも同じ自由行動をすることが出来るというわけだ。

 なるほど、確かにこれなら、たまたま同じ時間に同じ場所で行動するだけであって、口裏合わせはしていない。

 俺と田浦さんは違う班だし、移動のタクシーなども違うから、班行動自体は成立している。

 これで晴れて、俺は田浦さんと一緒に修学旅行の楽しい思い出を作れることが出来るのだ。。

 俺が京谷へ視線を向けると、京谷はしてやったり顔で笑っている。

 最大限のフォローをしてやったんだから、あとは頑張れと言わんばかりの笑顔で。

 こいつ、まさか最初からそれを狙って――いや、まさかな……?

 京谷の真意はともあれ、俺は田浦さんへ誤解を解くチャンスを得ただけでなく、修学旅行で更に田浦さんとお近づきになれるチャンスを与えてくれたのだ。

 こんな絶好の機会、逃すわけにはいかない。

 来月の修学旅行、期待で胸が膨らみ、楽しみで仕方がないぞ!

 俺のやるべきことは、修学旅行までにいち早く誤解を解き、田浦さんとの関係を修復する。

 そして修学旅行でさらにいい感じになって、あわよくば、そのまま修学旅行で告白まで――。

 とにかく、やるべきことは決まった。

 俺は目標が明確になったことで、田浦さんへ誤解を解く決心がついた。

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