第11話 度を越した行動~愛優Side~

 くじ引きを終え、同じ番号になった四人組の班に分かれ、早速班で行く場所についての話し合いが行われた。

 私達の班は、クラスメイトの文化部の男子二人。

 二人共前髪が目元にかかりそうなほど下ろしており、黒縁くろぶちの眼鏡をかけていて、正直に言ってしまえば、どこかぱっとしない顔立ち。

 そして、何かにおびえるようにして、ちぢこまって萎縮いしゅくしている様子。

 二人が萎縮している原因は、私の隣で不機嫌そうに頬杖をついている金髪の女子生徒のせい。

 男の子たちは、夢香の様子をちらちらと窺っている。

 すると、その視線に気が付いた夢香が眉をひそめて『ちっ』と舌打ちをした。

 二人は肩をびくっと震わせて、さらに背中を丸めて縮こまってしまう。

 どうやら、夢香はくじ引きの結果に納得がいっていないらしい。

 明らかに不服そうな様子で足を組み、つまらなさそうにそっぽを向いてしまっていた。

 まあ、男女のペアをくじ引きで決めると朝のホームルームで言われた時点で、夢香はあまり歓迎していなかったのだけれど、いざくじ引きで班が決まった後はさらに機嫌が悪い。

 恐らく、自分が求めていた男子と一緒になれなかったのが不満なのだろう。

 二人には申し訳ないけど、夢香は毛嫌いしているわけではないのだ。

 そこだけは察して欲しい。

 まあそんなこともあって、私は海斗君と班決め前に誤解を解くことも忘れてしまい、こうして今に至る訳だが……。

 私達のグループの雰囲気は墓場のように重苦おもくるしく、沈鬱ちんうつした空気感が漂っていた。

 とはいえ、これは学校行事。

 たとえグループのメンツに納得がいっていないとしても、現状を受け入れて話を前に進めていくしかないのだ。

 私は場を仕切るようにして一つ咳ばらいをしてから、三人に聞こえるように話しかける。


「そ、それじゃあ。早速行くところ決めて行こうか」

「は、はい……」

「よろしく、あゅた……田浦さん」


 男子二人も同調してくれたので、早速手元に渡された地図を頼りに、行き先を決めていくことにする。

 まずは、沖縄の主要観光地である那覇に焦点を絞った。


「国際通りはお店もたくさん並んでるから、色々ショッピングとか楽しめると思うけど……どうかな?」

「い、いいんじゃないでしょうか……」

「僕も同意です」


 こんな感じで、私が提案したのを男子二人が肯定する形で話し合いは進んでいく。


「えぇっと……二人はどこか行きたいところとかないの?」


 私が尋ねると、男子二人はお互いに顔を見合わせた。

 そして、再び私の方を向くと――


「僕たちは別に……」

「あ、あゅたんがいきたいところならどこでも……」

「あぁ“?」


 するとそこで、今まで一切会話に参加していなかった夢香が眉を顰め、鋭い眼光を飛ばす。


「ひ、ヒィ⁉」

「な、なななんでもないです……」


 夢香の恐怖心から、男子二人はガクガクブルブルと震えあがってしまっている。

 この最悪な雰囲気を、私は苦笑いで見つめていることしか出来ない。

 ほんの十分前までは、修学旅行というイベントに対して高揚感を覚えていたというのに、信じられない落差だ。

 もちろん夢香が機嫌を損ねているのは、班のメンバーが外れだったから。

 これだけ如実に不機嫌な態度を取られたら、誰だって分かる。

 正直、私も期待をしていなかったわけではない。

 もしかしたら、海斗君と同じ班になれるのではないかという、淡い期待を抱いていたのは事実だ。

 けれど、くじ引きといういわば公平な手段で決まってしまった以上、結果を受け入れるしかない。

 話がなかなか進まないので、私は思わずため息を吐いてしまう。

 そしてちらりと、海斗君達の班の様子を覗いてみる。


「やっぱ、沖縄と言ったらソーキそばは欠かせない。あとっ、ゴーヤチャンプルにアグー豚!」

「ちょ、ちょっと、食べることしか考えてないじゃん!三浦君達も普通に観光したいよね?」

「うん、そうだね。有名所は抑えておきたいかな。なっ、海斗」

「あぁ……」


 海斗君達の班も、両者の意見が一致せず、場所決めに悪戦苦闘している様子。

 加えて海斗君は、三浦君の問いかけに対して相槌こそ打ってはいるものの、完全に魂が抜け落ちている状態だった。

 適当な生返事なのは、こちらから見てもまるわかり。

 試合に敗れ、戦意喪失したボクサーのように背中を丸めてがっくしと項垂うなだれている。

 さっきからずっとただただうつろな目を地面に向けているものの、焦点はあっていないように見えた。

 海斗君も、くじ引きの結果を受け入れられていないのだろう。

 くじを引くとき、相当な気合が入っていたから、恐らく誰か組みたいペアがいたに違いない。

 それが私だったのかななどと、変な慢心はしないでおく。

 すると、隣に座っていた夢香が健康的で長い脚を組み替えながら盛大にため息を吐いた。


「あーしっ、当日バックレようかな」

「ちょ、夢香⁉」


 夢香は視線を窓の外へ逸らしながら、ぼそっととんでもないことを言いだした。

 もちろん、その言葉に私は大困惑。


「木下さん、修学旅行はれっきとした学校行事よ。いくらくじ引きに不満があったからって、もう決まった事なんだから、そういうこと言わないの」


 すると、こぼした愚痴を聞きのがさなかった紗季先生が夢香をたしなめる。


「ッチ……」


 夢香は不貞腐れた様子で舌打ちをしてから、ペアになったクラスメイトの男子を睨みつけた。

 二人は夢香の威圧に怯えるように肩を震わせる。

 すると、突如夢香は首を回して、海斗君達の班が集まっている方を見据えると――


「はぁ……あーしたち、くじ引きの前に須賀たちとペア組むって決めてたのになぁー」


 なにを血迷ったのか、いきなりクラス中に聞こえるように夢香が声を張り上げてとんでもないことを言いだしたのだ。

 教室内は静まり返り、視線は自然と私達の方へと集まる。


「ちょっと夢香! いくらなんでも横暴すぎ、何言ってるの⁉」


 私は小声で夢香をたしなめるものの、当の本人は全く反省の色を示すことなく、なお海斗君たちの班の方を見続ける。


「なっ、三浦」


 すると、夢香は三浦君に同意を求めるようにして問いかける。

 夢香の横暴な言動を見て、教室内は静まり返っていた。

 あぁもう……本当にどうしてくれるのこの空気。

 私、耐えられないんですけど⁉

 最悪な空気が教室内を張り巡る中、事の次第を、私は内心苦しさで押し潰されそうになりながら黙って見ていることしか出来ないのであった。

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