第8話 回復修復と班決め~愛優Side~

 夢香から放たれた言葉を聞いて、一瞬何のことを言われたのか分からず、私はぽかんとほうけてしまう。


「えぇっ⁉」


 しばらくして、夢香の言っていることがSNSの件だと理解した私は、思った以上に大きな声を上げてしまう。

 その大声を聞いた料理部の部員たちが一斉に私の方へ視線を向けてくる。

 私は何でもないと手を振って誤魔化してから、夢香に向き直った。


「それ、どういうこと?」

「いやぁ……実は、うちの部員が紗季先生に真相が本当なのか尋ねたらしいんよ。そしたら、『小さい頃からの知り合いで、ご近所付き合いがあるだけ』なんだって」

「ってことは……あのSNSの写真は……」

「多分、偶然出くわしたうちの生徒の誰かが勘違いして隠し撮りしたのをそのまま拡散しちゃったんだろうね」

「なにそれぇー」


 私は思わず力が抜けて、窓のふちへへたり込んでしまう。

 無理もない。一日中ずっとそのことについて考え込んでいたのだから。

 ほんと、無駄に労力を使った時間を返して欲しい。

 まあでも、ひとまず海斗君と紗季先生が付き合っていなくて安心した。

 裏を返せば、海斗君が私に告白してきたのは、紛れもなく彼自身の本心であることが立証されたのだから。

 とはいえ……


「どうしよう……私、須賀君に酷いこと言っちゃったよ」


 一気に血の気が引いていくのがわかるほどに、動揺している自分がいた。


「あぁ……その事なんだけどさ……」


 すると、申し訳なさそうに夢香が頭を掻いた。


「今回はうちが愛優を不安にあおらせちゃったというか、SNSの噂を簡単に信じちゃったのが悪いから、うちから須賀にちゃんと謝っておくよ。『愛優に変なこと吹きこんじゃったせいで、関係をこじらせてごめんって』」

「そんなことしなくていいよ。そのSNSを見て疑心暗鬼になって須賀君を傷つけちゃった私が悪いんだから。直接謝らないといけないと思うから」

「愛優……ホントごめんね。うちがこんな情報に騙されてなきゃ今頃愛優は……」

「ううん、気にしないで。ちょっと遠回りしちゃっただけで、まだチャンスはあるから」


 そう言って、私は夢香の手を握り締め、夢香は何も悪くないよと優しく慰める。


「でも……須賀も相当傷ついてるっぽいし、愛優の言葉を簡単に信じてくれるとは――」

「そんなことないよ。須賀君もそんな薄情はくじょうな人じゃないから安心して。話をしたらちゃんと理解してくれるはずだから」


 海斗君が私の放ってしまった言葉で傷ついているとしても、謝る機会を与えてくれる優しい人であることくらいは知っている。

 すると突然、夢香は私が握っていた手をすっと抜き去り、何かを思い出したように手を叩いた。


「あっ、ならさ! せめてもの罪滅ぼしじゃないけど。今度のHRホームルームで修学旅行の班決めあるっしょ? 男女のペア、須賀と一緒に組むことにしようよ!」

「えぇ⁉ い、いいってそんな配慮してもらわなくても……」

「いいって、いいって! どうせ須賀のことだから、三浦とペア組むだろうし。三浦に話しつけておけばどうにかなるっしょ」


 そう言って、夢香は自身の胸を自慢げに叩く。

 来月から二年生は、沖縄へ二泊三日で修学旅行へ行く予定になっており、二日目は班での自由行動となっている

 ペアはクラスの男女二対二の計四名。

 修学旅行前に海斗君と告白時の誤解を解くことが出来れば、一緒の班になったあかつきには、それはもう素晴らしい修学旅行を謳歌おうかすることが出来るだろう。


「でも、本当にいいの? 迷惑じゃない?」

「全然! むしろ変な連中とペア組むより、三浦達と組んだ方がうちも楽しめるってもんよ!」


 そう言って、夢香はにやりと笑って白い歯を見せたかと思えば、からかうように私の耳元でささやいてくる。


「ぶっちゃけ、本当は愛優も須賀と組みたいって思ってたっしょ?」

「へっ⁉ そ、そんなことないってば!」


 私が慌てて否定して手を横に振ると、夢香はくすくすと笑って肩を震わせる。


「動揺しすぎだってば! もう、愛優は分かりやすいなぁー」

「なっ……カマかけたの⁉」

「にっしっしー!」


 してやったり顔の夢香。

 私はむっとして頬を膨らませてしまう。


「前から思ってたんだけどさ。愛優って本当に須賀のこと好きすぎでしょ?」

「なっ……」


 思いきり核心を突かれて、私はたじろいでしまう。


「なのにさぁ、あんな振り方して須賀を困らせて、一体愛優は何考えてるんだかー」

「だ、だってぇ……元はと言えば夢香があんな噂直前に見せて来るからっ!」

「別に発信源は私じゃないって。ただ、そういう噂があるよって見せただけだし」

「で、でもっ! もしあの噂が本当だったらっ――」

「本当かどうかなんて、本人に聞かなきゃ分からなくない? それに、普通彼女持ちで告ってくるかっての」

「わっ、分かってるならどうしてあんな投稿を直前なんかに見せてきたのよ⁉ ってか、全然反省する気ゼロじゃん!」

「あははっ、ごめんってば」


 ポカポカと夢香の頭を叩きながらじゃれ合っていると、家庭科室の中から鋭い声を掛けられた。


「田浦さん。おしゃべりしてないでそろそろ片付け始めないと、下校時間に間に合わないわよ」


 そう言って注意してきたのは、噂の元凶である紗季先生。

 紗季先生は料理部の顧問も請け負っており、こうして部員たちの活動の様子をちょくちょく見に来るのだ。


「うぅ……ご、ごめんなさい」

「木下さんも、そんなところでサボってないで部活に戻りなさい」

「ちーっす」


 つまらなさそうな顔で返事を返した夢香は、私の方へ手を振った。


「ってことで、修学旅行の件よろー!」


 そう言って、夢香はテニスコートの方へと戻っていった。

 取り残された私も、扉を閉めて使用した調理器具の片付け作業へと手を移す。


「はぁ……もう、夢香のバカ」


 って、人のせいにしちゃダメだよね。

 見せてもらった投稿を鵜呑みにしちゃって海斗君の告白を断ってしまったのは私自身なんだから……。

 フェイクニュースかどうか判断できなかった自分が悪い。

 あんな最低な振り方をしてしまった以上、誠意をもって海斗君に謝った上で、修学旅行の班行動を共にする約束を取り付けるんだ。

 そう決意を固めた所までは良かったのだが……。

 でも、結局どうやって海斗君との関係を修復したらいいのやら……。


「うぅ……やっぱり私にはハードルが高すぎるよ……」


 私は新たに直面した問題に、一人悶々と悩む羽目になるのであった。

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