第7話 SNSの真実~side愛優~

 その日はずっと、もやもやとした気持ちが私の心の中で渦巻き、気付けば放課後になっていた。

 今は部活動の活動場所である家庭科室にて、丁度クッキーを焼き上げたところ。


「はぁ……私、何やってるんだろう」


 焼き上げたクッキーをオーブンからケーキクーラ―へと移している間、そんな独り言が漏れ出る。

 授業中にちらちらと海斗君の様子を窺っていたけど、いつもと変わらぬ様子で日々の生活を過ごしていた。

 普通なら、振られた当事者の方が落ち込むはずなのに、振った当事者の方が気落ちしているという状況。

 あれだけピンピンしているということは、やっぱりあのSNSの噂は本当で、私に告白してきたのはただの罰ゲームだったのかな……。

 だとしたら、私の恋心は見事にもてあそばれたことになる。

 けれど、海斗君に限ってそんなことあるかな……?

 同時に、そんな疑問が浮かび上がる。

 確かに、海斗君は少し調子いいところもあるけど、私の知っている海斗君は誠実さ溢れる男の子。とてもそんなことをするような人には思えない。

 あぁ……どうすればいいの私!

 あんな失礼な振り方しちゃった手前、本人に直接聞くことも出来ないし……。

 ここはやっぱり、紗季先生に聞いてみるのがいいのかな?

 で、でも、もしSNSのことが本当だったら、それはそれで私の精神的ショックが大きくて立ち直れないかも……。

 そんなことを悶々もんもんと考えていると、ドンドンと家庭科室の窓ガラスが叩かれた。

 突然の出来事にビクリと身体を震わせて、窓の外を覗き込む。

 窓の外では、白を基調としたテニスウェアに身を包んだ夢香の姿があった。

 テニスラケットを脇に抱え、ポニーテールに結んだ金髪を揺らし、明るい調子でこちらへ手を振っている。

 私は窓際まで近づいて行き、鍵の施錠を解除して、窓を開け放つ。


「部活中にごめんね」

「ううん、私は大丈夫。夢香の方はこんなところに抜け出してきて平気なの? 怒られたりしない?」

「平気、平気! 今休憩中だから!」

 

 そう言って、夢香はけろっとした様子。


「それで、わざわざ家庭科室まで来て何か用事?」


 私が夢香に尋ねるものの、夢香の視線はすでに別の方へと目移りしていた。


「そのクッキー、愛優が作ったやつ?」


 夢香の視線の先には、私が焼き上げたばかりの出来たてクッキーが置いてあった。


「そうだけど……」

「食べたーい!」


 夢香は、きらきらとした瞳で羨望の眼差しを向けてくる。


「はぁ……仕方ないなぁ」


 ため息を吐きつつも、私は踵を返してケーキクーラからお皿の上にバニラクッキーを盛り付けて、夢香の元へと持って行ってあげる。


「はい」

「テンキュー! あーんっ……んんっ! おいひい!」


 一口でぱくりと出来立てのクッキーを食べると、夢香は幸せそうな表情で頬を緩ませる。


「ホント、夢香は悩みとかなさそうで羨ましいよ……」

「そんなことないって、うちだって困ってることの一つや二つぐらいあるっての」

「例えば?」

「そりゃまあ。今ここに来たこととか?」

「それのどこが悩みなのよ……」

「いやぁー愛優の作ったクッキーが美味しすぎて、体重が増えちゃうとか?」


 そう言って、もう一つクッキーを取ろうとした夢香の手元からお皿を取り上げる。


「なら、クッキーはこれ以上あげられないね」

「あーっ、冗談だってば。うちは普段から運動しててむしろカロリー不足で太らないから、むしろ沢山頂戴!」

「……それはそれで嫌みなんだけど?」


 私はじぃっと夢香を睨みつける。


「ご、ごめんなさい……」


 夢香は本当に反省している様子で、頭を下げて謝ってくる。

 私はため息をついて、手に持っていたお皿を元の場所へ戻してあげた。


「テンキュー」


 今さっきまでの反省の色は消え去り、嬉しそうにクッキーを手に取って口に放り込む夢香。

 このクッキーのように、私は夢香に甘々だなぁ……。

 そんなことを思いつつ、私はクッキーを頬張る夢香へ視線を向ける。


「それで、部活の休憩がてらにクッキーをつまみに来たのが目的なわけ?」


 そう私がため息交じりに尋ねると、夢香はピクっと身体を硬直させて、珍しくバツが悪そうな表情を浮かべた。

 どうしたのかと首を傾げていると、夢香は口に含んでいたクッキーをごくりと飲み込んでから、目をきゅっと閉じて、申し訳なさそうに胸の前で手を合わせて頭を下げたかと思うと、衝撃的な発言を放ってきた。


「ごめん愛優! そのぉ……須賀の噂の件なんだけど、あれデマだったらしいんだよ」

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