第5話 ほとぼりが冷めるまで

 夕食も進み、そろそろご馳走様となった頃、 俺はタイミングを見計らうようにして、例の噂について紗季姉へ話題を振ってみることにした。


「なぁ、紗季姉」

「ん、なぁに?」

「今日の朝、クラスの様子おかしかっただろ? その事なんだけどさ……」

「あぁ、それね。隣のクラスの女の子に聞かれたわ。『先生と須賀君って付き合ってるんですか?』ってね」


 どうやら、SNSの噂の真相を知るべく、本人に直接確かめた生徒がいたらしい。


「それで、紗季姉はなんて答えたんだ?」

「もちろん否定はしておいたわよ。『小さい頃からの知り合いで、ご近所付き合いがあるだけよ』ってね」

 

 流石は紗季姉。的確かつ模範的な回答をしてくれた。


「まあでも、信じてくれるかどうかは分からないよな……」

「そうねー」


 紗季姉は興味なさそうな生返事をして、生姜焼きを頬張ってビールを煽る。


「えっ、それだけ⁉」


 反応の薄さに、思わず突っ込んでしまう。


「だって、小さい頃からご近所付き合いがあるんだから、そう言った噂が立っても仕方がないじゃない」

「そりゃそうなんだけど……紗季姉は嫌じゃないの? 学校でからかわれたりしたら困るだろ?」


 噂のせいで、俺は早くも被害を被っているのだ。

 紗季姉の場合は、生徒との色恋沙汰が発覚したなんて上層部の人に伝われば、進退問題にもなりかねない。

 俺としては、いち早くこの噂を終息させたかった。


「まあ、高校生の恋バナなんてそんなものよ。無視してほとぼりが冷めるのを待つのが一番効果的ね」

「でも、もうSNSで写真が出回っちゃってるし……」


 俺がぼそりと言うと、紗季姉がぴくりと反応して眉根をひそめる。


「ちょっと待って、写真ってどういうことかしら?」


 あっ……ヤベっ。

 うっかり紗季姉に学校のBOTぼっとのことをこぼしてしまった。

 俺が苦笑いを浮かべていると、紗季姉は鋭い眼差しで見据えてくる。


「見せて頂戴、海斗」

「はい……」


 教師モードになった紗季姉は俺でも歯が立たないので、素直に従うしかなかった。

 スマートフォンを取り出してSNSアプリを起動させて、京谷に教えてもらったアカウントの画像を表示させる。


「これ……」


 紗季姉に、朝京谷から見せてもらったものと同じ画面を見せる。

 仲睦まじく夜の街を歩く俺と紗季姉の後姿うしろすがたが捉えられた写真。

 画面を確認した紗季姉は、大仰おおぎょうにため息を吐く。


「こんなどうでもいい他人のスキャンダルなんてツイットしてる暇があったら、単語の一つや二つ覚えた方がマシよ全く」

「学生はみんな、他人の色恋沙汰が気になる年頃なんだよ」

「そうね。私が高校時代もそうだったから、それに関しては何も言えないけど、流石に悪質だわ。SNSは基本匿名だから、犯人を捜すことも難しいだろうし……」


 そう言って、紗季姉は困ったといった様子で嘆息を吐く。

 俺はスマートフォンを手元に戻して、紗季姉に向き直る。


「まあそういうことだから、しばらくこうして同じ食卓を囲むのも自粛した方がいいと思うんだ」

「えぇ⁉ それはダメよ! そしたら、私の夕食は一体誰が作ってくれるのよ!」

「普通に自炊するか、スーパーでお惣菜を買うなりすればいいでしょ」

「いやよ! 私の胃袋は既に海斗の手料理の味に染められているの! そんな簡単に離れられるわけないでしょ!」

「いやっ、そこは頼むから離れてくれ。俺だって来年からは受験勉強で忙しくなるんだから、毎回は作れなくなるわけだし……」

「はぁ……私の至福のひと時がぁぁぁ……」


 紗季姉はショックのあまり机に突っ伏してしまう。

 まあでも、今はほとぼりが冷めるまで、紗季姉と会うことは出来るだけ控えた方がいいだろう。

 教師と生徒が付き合っているというだけで色々とまずいのに、なんせ俺は好きな人にその噂のせいで振られたばかりだ。

 ここは学内での熱が冷めるまで、気長に待つしかないだろう。

 結局その後、紗季姉を説得するのに、相当な労力を使う羽目になったのは、言うまでもない。

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