第2話 振られた原因

 翌朝の教室。

 青春一大イベントの告白に失敗した須賀海斗すがかいとは、机にして負のオーラを身にまとっていた。

 あぁ……田浦さんに振られた。

 この半年間、ずっと想い続けていた相手に振られて傷ついた心の代償は計り知れない。

 しかも、振られた理由も理由だ。

 よりにもよって、なんで俺と紗季先生が付き合ってるとかいう、根も葉もない噂で振られなきゃならないんだよ……!

 あーもう死にたい……。

 どん底の気分で身体を起こすのも億劫おっくうな精神状態の中、ふと俺の肩にポンっと手が置かれた。


「その様子だと、見事に玉砕しちまったみたいだな」


 手を肩に置いてきた男子生徒は、軽い調子で俺の心をえぐってくる。


「うるせぇよ……見ればわかるだろ。察しろ」


 そう言って、俺は鋭い眼光を隣に立つクラスメイトの三浦京谷みうらきょうやへと送る。

 京谷きょうやは俺の視線を気にすることなく、にくいほど爽やかな笑みを浮かべながら、俺の前の席へと腰かけた。


「まあまあ、ドンマイ、ドンマイ。この世に女なんて三十五億もいるんだから、気にするなって」

「ふんっ、モテるお前には、女から振られる気持ちなんてわからないだろうな!」

「あははっ……こりゃ完全に不貞腐ふてくされちゃってるね」


 京谷は苦笑いを浮かべながら頭をさっとかき分けている。

 京谷とは入学以来の付き合いで、一年の頃からこうして俺と一緒によくつるんでいる。

 いい奴ではあるのだが、京谷はサッカー部のエースでスポーツ推薦を狙えるほどの実力者であり、本来ならば俺とはクラスでは関わらないような無縁の存在。

 さらに顔もイケメンで、筋肉質かつモデルのような身体つきは、女子たちをいとも簡単に魅了し虜にしてしまう。

 にもかかわらず、京谷はそれを自慢するわけでもなく、こんな平凡で何の特徴もない俺と対等に接してくれる。

 だからこそ、京谷は憎もうにも憎めない存在なのだ。

 普段であれば、そんな彼の心の広さに感謝するところだが、今の俺には惨めに見えてしまって正直つらい。


「なんだか勘違いしてるみたいだけど、俺だって振られたことの一つや二つくらいあるっての。だからこうして、海斗を慰めにきてやってるんだ。それに、その落ち込み具合だと、振られただけじゃなくて、他に何か言われたんじゃないのか?」


 的を射ている京谷の見解に、俺は思わず顔を上げて驚きの目を向けてしまう。


「お前、もしかしてエスパー⁉」

「ちげぇよ。でも、フラれただけじゃ、そこまで落ち込まねぇだろと思っただけだ。だから、何があったのか、話くらい聞いてあげるってのが友達ってもんだろ」

「京谷……すまん、俺はお前のことを勘違いしてたみたいだ」


 コイツ、やっぱり良いやつだ!

 なんでこんな平凡な俺とつるんでるのか分からないけど、持つ者は友だと今日改めて実感して感銘を受けた。


「まっ、内容によっては吹き出すかもしれねぇけどな」

「最後の一言で台無しだぞ……」


 信じていた俺が馬鹿だった。

 まあでも、別に笑われるような理由ではないので、事の次第を京谷に話すことにした。

 少しでも気持ちが軽くなると願って。


 俺は京谷に事の顛末を説明すると、京谷は納得した様子で顎に手を置いた。


「なるほどなぁ……。田浦さんなら大丈夫だと思ってたけど、やっぱり見てたかぁ……」


 すると、何やら納得した様子で一人うんうんと頷く京谷。


「な、なんだよ。その何か知ってるような素振りは?」

「……まっ、見せた方が早いだろうな」


 そう言って、京谷は制服のズボンのポケットからスマホを取り出すと、何やらポチポチと操作し始めた。

 しばし待っていると、京谷はスマホをくるりと回して俺に画面を見せてくる。

 俺は、表示されている画面を覗き込む。

 画面に表示されてたのは、かの有名な鳥マークのSNS短文投稿サイト。

 そのサイトの、とあるアカウントページが開かれていた。


「『県立宇立高校Botけんりつうだこうこうぼっと』……なんだこれ?」

「アカウント名はいいから。この投稿を見て見ろ」


 京谷が指差したところを見れば、投稿欄に目を疑う内容が書かれていた。


『【速報&拡散希望】二年二組担任大津紗季おおつさき先生と、二年二組生徒須賀海斗すがかいとが夜の街で極秘密会デート! 証拠写真あり!』


 そう書かれた投稿の下には、画像が添付されており、そこには、仲睦まじく夜の街を歩いて行く俺と紗季先生の姿が写っていた。

 投稿日時は昨日の午後三時半。

 俺が田浦さんを校舎裏に呼び出した時刻の丁度一時間前に投稿されており、既に現時点で引用投稿は50件を超えていた。


「マジかよ……」


 俺はやっちまったと言わんばかりに頭を抱えた。


「その様子だと、自覚はあるんだな」

「あぁ……これ多分、先週紗季先生と駅前でばったり会って、一緒に歩いてた時だわ」

「なるほど。つまり海斗は運悪く、紗季先生と歩いている姿を一般生徒の誰かに見られて盗撮とうさつされてしまった。でもって、このSNSアカウントの情報主じょうほうぬしに画像が回って、写真をアップされてしまったと」

「っぐ……何という失態」


 思わず、盛大なため息が漏れてしまう。

 よりにもよって、俺が田浦さんへ告白するタイミングで出回ってしまうとは……。

 運がないとしか言いようがない。

 恐らく田浦さんも、この投稿を見たからこそ、俺が告白した際、あんな言葉を言ってきたのだろう。

 困惑されて眉をひそめられるのも無理はない。

 色々と納得がいった。

 信憑性しんぴょうせいの有無は置いておき、そりゃこんな噂が校内で出回っていたら、告白を受けたとしても、真偽がわからない限り、付き合おうとは誰だって思わない。

 俺が逆の立場だったとしても、間違いなく難色なんしょくを示すに決まってる。

 もしこの情報を告白前に知っていれば、事前に対策を練ることが出来たかもしれない。

 まあ、たらればの話になってしまうけど……。

 昨日は告白のことで頭がいっぱいで、SNSなんかチェックする気にもなれなかったからなぁ……。


「とりあえず、田浦さんへ誤解を解くのが最優先だなぁ……」

「まっ、頑張れ」

他人事ひとごと⁉ 少しは協力してくれたっていいじゃねーかよ」

「だって別に、俺は田浦のことどうとも思ってねぇし」

「そうじゃなくて、俺の恋路を友として手伝って欲しいって意味だよ!」

「えっ……俺たちって友達だったの?」

「嘘⁉ まさかの友達認定すらされてなかったの⁉」


 ショックのあまり両頬に手を当てて、ムンクのような顔をしてしまう。

 すると、京谷はぱっと口元を緩めてくすくすと笑いだす。


「冗談だって、ちょっとからかってみたくなっただけだっての」

「……ぷい」

「ごめんて、意地悪だったのは謝るよ」

「……ふーんだ」

「男がそれやっても、きもいだけだぞ?」

「悪かったなきもくて!」


 そんな他愛のないじゃれ合いをしていると、始業時間を告げるチャイムが鳴った。

 京谷は席を立ち、俺の肩をぽんと叩くと、少し苦い顔を浮かべる。


「まあ確かに、田浦にこの件は嘘だって伝えるのも重要だけど、現実はもっと厄介なことになってるぜ」


 そう言い残して、京谷は自席へと戻っていく。

 どういうことだろうと首を傾げていると、教室前のドアがガラガラと開き、噂の担任教師が教室へと現れた。

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