「僕」と「私」

@SHO_620

「僕」と「私」

 僕は、彼女のことを想っていた。

 彼女のことを何年たってもひとたりも忘れられなかった。あることをきっかけに私はまた思い出すことになった。実家の大掃除の時、アルバムに挿んであった写真が落ちてきて、その写真が僕に「彼女がいた」事を思い出させてくれた。そんな大昔のことではないが、それは決して口に出してはいけない二人の秘密のような関係もあったし、甘酸っぱい出来事もあった。「愛しているよ」だなんて口にしたこともあったね。ああ、いつも彼女のことを想っていると煙草が吸いたくなる。テーブルに置いてあった煙草一本を手に取り、口にくわえながらライターに火を付け、久しぶりのひと口を口の中に蓄えながらベランダに向かっていく。

 そのひと口を空に吐いていくと、煙が空に浮かんでいる雲と一緒にどこかへと飛んでいく。その瞬間、涙が少し頬から落ちてくることにはじめて気づいた。雨の雫がどっか当たってその露がたまたま僕の顔に当たったと思いたかったが、運悪く今夜は満天の夜空と満月、水滴たりどこにも見当たらないような夜空だ。

 禁煙していたものの、やはり僕は彼女なしに煙草はやめられない。彼女に「煙草はやめなさい」と何度も言われて喧嘩したこともある。それで結局僕は彼女の強い圧に負けてやめた。高校のころ、唯一自分と合うものが酒と煙草だった存在が今や彼女だという。思わずクスっと笑ってしまった。煙草を何回も口にしていながら一口一口彼女の顔を思い出す。肌ざわり、ブラウンのショートヘア、小柄な顔、大きな目、笑うと頬が赤くなるそんな表情も、僕はひと時も忘れなかった。好きだった、大好きだった、世界で一番君のことが大好きだった彼女だったんだぞ? でも僕にはもう彼女に会うことは叶わない。いや、それが出来ないんですよ。彼女は「長い旅に出る」と言って手紙を残し、僕らの家から出て行った。服も化粧品も、生活用品も携帯電話もすべて残して出て行った。そのまま僕と彼女は音信不通になった。

 音信不通になっていた彼女と再会したとき、テレビに流れるニュースの速報に彼女の顔写真が僕の目に映っていた。











深夜、独り大通りを歩く。

 あの人と離れて大分時間が過ぎているのにも関わらず、たまに少し過去のことを想い返すといつもあの人の影が薄々頭の中に横切る。おかしい、あの人と一緒に歩んできた数々の思い出がまるで昨日のことのように思えてしまうのはなぜなのかしら? 私はね、あの人のことをずっと好きでいたし、何があっても決して離れないという思いまであの人のことを好きになったんだよ? けれども私たちは何時からなのか、突如話さなくなってしまったの。それで居てもいられなくなってあの人に「長い旅に出る」と嘘をついて別れた話のような話を彼に出したの。もしかしたらあの人の思考回路は私、一生分からないかもね。そんなくだらない思い出を私はなぜ今更思い返そうとしているのだろう?

 彷徨う繁華街の中、私は人ごみの渦にゆっくりと吸い込まれてしまう。気づけば私の周りに取り囲む人たちはみな獣のような顔をしていたのを窺える。下心を持っている人もいるし。酔っぱらっている人もいる。何ならその場で大暴れする人もいる。思わず心の中で「ここはなんていう名の動物園だろう」と恐怖に満ちながらも、少し笑えるような笑顔に変わっていた。でも柵がない動物園で私はいつでも襲われる覚悟はあるなと私はそう確信し、その場で一瞬にして微笑みがなくなった。そのとき、私の肩を誰かが掴み、「よぉ、ねぇちゃん、俺らとあそばねぇか」って声がした。あぁ、怖い、怖い。奴らの顔、怖くて見られない私はそのとき私を抱いてすぐさまその繁華街から逃げ、奴らに捕まらない速さで繫華街を逃げ出す。それ以来私は深夜の時間帯にその街を訪れることは二度となかった。

 繁華街から逃げ、住宅街に繋がる道路に足をピタッと止め、足と呼吸を整え、ゆっくりと歩きだした。もうあの繁華街にはもう行かない、行ったとしてもこれからは知り合いと一緒に同行したほうが良いかもね。

 走りながら、私は思い出した。それはとてもささやかでどうでもいいこと。私たちは喋る話の内容に含む言葉の捉え方を間違ってしまったことを。お互いがお互いのことをうまく理解し合えなかったことを、私は今思い出した。そう、私、あの人のことをもっと知りたかった、けどあの時の私は何かと忙しくて、内心は少し焦っていた。今思い返せば、あの時ちゃんと聞きなおしてその意味の深意を探るべきだったね。 

 私、もしかしたら、まだあの人のことを慕っていたのかもしれない。馬鹿ね、私って。忘れたい人のことをどうしてこんなにも思い返してしまうのかしら?

 また、会いたい……

 また、あの人に触れたい……

 また、あの声をもう一度聞きたい……

 


しかし、私はあの人のことをあまりにも考えすぎたせいか、信号待ちの通りに一歩二歩と足が踏み出してしまい、通りかかった車のことを気づけず、ぶつかってしまった。




ありがとう、ごめんね。また一緒になれたらあなたとこれからもずっとふざけ合いたいわ。

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