2-2 異変

 「堂前、よく生きていたな。かっこいいじゃねえか。幸運なだけじゃない、自分の意思を貫いたからこそだと思うぜ」

 聞き終わった姫宮は、明の逃走劇をほめたたえる。明は、その賞賛をこそばゆく感じた。

 「しかし、管理局が人を積極的に殺してでも転生させようなんて信じられないな」

 姫宮は首をひねる。

 「でも、僕は実際、殺されかけたんですよ。車にひかれかけたり、落ちてきた植木鉢にあたりそうにななったり。絶対アルカスたちあいつらのせいですよ」

 「別に堂前の話を信じていないわけじゃあないさ。十中八九、堂前を襲った事故は管理局側が意図的に引き起こしたものだろうよ。堂前と『直接殺さない』と約束したから、間接的に殺そうとしたに違いない」

 姫宮が明を宥めるように言った。

 「俺が気になったのは、管理局がなぜなりふり構わず明を殺そうとしたのかってことだ。昔の管理局ならいざ知らず、今の管理局がいたずらに人をころすなんて。俺の転生する頃には、そういったあくどい行為は既に禁じられていたと聞いてる。少なくとも拒んでいる相手を無理やり転生させることはしないはずだ」

 「姫宮さんは、違うんですか? その、あいつらに殺されたわけじゃない?」

 「ああ、俺の死因は寿命みたいなもんだ。転生も強制ではなかったけど、俺が好んで転生を選んだんだ。堂前と状況が違うな。……話を聞く限りじゃ堂前が会った2体の端末やつらと、俺の転生を担当した端末やつも別みたいだ」

 明は、頭の中で姫宮の話を整理する。アルカスとリンクスは明を転生させるために、間接的に事故をおこし明を殺そうとした。姫宮の場合は、寿命で前世の人生を終えた後、別のぬいぐるみと出会い、姫宮自身が転生を決めたという。

 「どうして、転生をさせようとするんだろう」

 明が独り言をいう。姫宮の話を聞く限り、アルカスたちがなぜ転生をさせたがっているのか、考えてみても思いつかない。が自分にあるのだろうか。

 「さあな。だが、1つ言えることがある。当分は俺がお前を守ってやる。あいつらも俺の存在を知ったからには手を出さないはずだ。なんせ最強だし」

 歯の浮いた台詞を堂々と言い切る姫宮。明は姫宮がかっこよく見えた。明の知っていた姫宮は誰かに浮ついた台詞を言われる側だ。しかし、明は姫宮に真逆の印象を受けた。目の前の姫宮こそ、素の姿なんだということを改めて思い知った。

 「それから、堂前」

 姫宮はあらたまって明に向き直る。

 「さんづけはやめてくれ。よそよそしい態度は、こっちが恥ずかしくなっちまう」

 そういって、姫宮は席を立つ。

 「どこへ行くんですか?」

 明が思わず訊ねる。

 「トイレだよ。ついてくんなよ」

 姫宮は、店の奥へと歩いて行った。あとに残されたのは明と飲みかけのコーヒー二つ、輝く剣だった。

 明は、深く溜息をつく。姫宮と話したからか、ぐっと体から力が抜けていることに気づいた。

 姫宮の剣に触れて見ようかと手をのばすが、姫宮の忠告を思い出してやめた。

 店内は女性客が多く、おしゃべりに夢中だ。多くはないが男性客もいて、パソコンを開いて作業をしていたり、読書をしている。

 明は足元に置いた鞄を思い出した。中から愛読書の「レッドダイン」を取り出した。 「レッドダイン」は現実と同じ東京を舞台にした現代ファンタジー漫画だ。主人公のレッドとその仲間たちが、魔界から侵攻してくる悪魔や魔人といった闇の者ダークと戦う少年漫画である。連載は完結済みだが、いまだに根強いファンがいる作品だ。明も作品のファンで、特に好きな巻を二、三冊常に携帯しているほどだ。

 明は、登場人物の中で、主人公のライバルとして登場する「ブラック」が好きだった。彼は、友情や愛といった軟派な感情に縛られない孤高の存在であり、正義を貫くその生きざまが好きだった。中学校時代は、彼を真似して孤高を貫いた。

 しかし、明がブラックに納得できない点がひとつある。物語の後半になるとブラックは、ある出来事をきっかけに、孤独でいることをやめ、レッドたちと慣れあうようになった。明は、仲間とともに笑うブラックは好きになれなかった。

 最後のページをめくり、単行本を読み終えた。長い時間がたったわけではないが、姫宮はまだ戻っていなかった。別の巻をとりだそうとしたときだった。

 そこで、明は気づいた。店内が全くの無人であることに。耳に届くのはおしゃれなクラシック曲だけで、客も店員の声は聞こえない。いくつかのテーブルには飲みかけのコーヒーや食べかけの甘いものが寂しげに放置されている。

 まるで、明以外の人間が突然消えたようだった。

 明は、どうして誰もいなくなったのかは理解できなかったが、誰がこの事態を引き起こしたのかは直感で理解した。アルカスたちのしわざに違いない。

 望みが薄いことはわかっていたが、明はトイレに駆け寄った。

 「姫宮さん、いる!?」

 勢いよくノックするが返事はない。ドアの空室表示は緑色になっている。

 「開けるよ」

 おそるおそるドアノブを回すがかぎは掛かっていない。案の定、トイレの中には誰もいなかった。

 ポケットからスマホを取り出してみるが、圏外となっている。

 守ってくれるといった姫宮はいない。自分のなかで歯がゆい気持ちがあった。元居たテーブルに戻るが、姫宮の光の剣がいつの間にか消えていた。姫宮はショッピングビルの中にいないことを悟った。

 店内を出ると、エスカレーターが作動する音だけや静かなオルゴール曲のてんないBGM しか聞こえない。人影はどこにも見えない。

 急いで、ビルを出なければ。階下へと続くエスカレーターに足を乗せようとした時だった。

 「誰か、助けて!」

 悲鳴が上の階から聞こえてきた。

 明は、三階へいくため、反対のエスカレータへ向かって走り出した。

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