2-1 姫宮の正体

「男!?」

 明は思わず大声を出していた。しまった、と思い周りを見ると、隣の席の女性と目が合った。

 明たちは、駅前のショッピングビルの二階にある喫茶店にいた。明の自宅から徒歩二十分程の距離にある。明が小さいころからあるショッピングビルは、八階建てでレストランや書店、雑貨屋など複数の店舗がおさまっている。とはいえ、ワンフロアはそこまで広くない。フロアの中心部にあるエスカレータを取り囲むように、数軒の店が並んでいる。南側には、エレベーターホールがあり、エレベーターから出て左手側に階段が備え付けられている。

 集合場所を指定したのは姫宮だった。昨晩、放心する明に連絡先を交換して、「詳しいことは明日話す」と言い残し、姫宮は去っていった。数時間後、無事に帰宅した明のスマホに、集合時間と場所の情報が送られてきた。姫宮からの連絡に対して、嬉しい気持ちと尽きぬ疑問で、何度もメッセージを書いては消してを繰り返した。結局「了解です」と一言だけ送った。

 翌日、明は周りを警戒しながら、待ち合わせ場所に向かった。明は、初めて喫茶店の扉をくぐった。女性客ばかりで、居心地の悪さを感じたが、窓際の席に座る姫宮を見つけるとそんなことは感じなくなっていた。明は、姫宮と一緒にいられることに心が踊っていた。今日が幸福な一日であるに違いないと思ったのだ。

 だが、姫宮の話の内容は衝撃的だった。

 「その、本当に男なんですか?」

 声をひそめて、目の前の姫宮に問いかける。

 「前世ではな。ここじゃない別の世界の話だ。今は見ての通りの超絶かわいい美少女だ」

 姫宮はそう言って、コーヒーを口にふくむ。初めてみた姫宮の私服は、大人びていた。キャスケットにレンズの大きくて丸い眼鏡を身に着けている。

 姫宮は明に笑顔を向ける。嬉しいはずなのに、姫宮の話を聞いてから、感情がごちゃまぜに浮かんでいる。

 「でも、どうして、女性に? まさか、あのぬいぐるみたちに無理やり……」

 アルカスなら、嫌がらせに性別を変えるくらいするかもしれない。そうならば、明はアルカスを許してはおけないと闘志を燃やす。

 「いや。俺は自分の意思で女になったんだ」

 「自分から?」

 姫宮の答えに明は目を丸くした。

 「別に深い理由はないさ。ただ、男でいることに飽きたってだけだ。むしろ、俺の転生に関わったやつは、やめたほうがいいと止めてたな」

 明には信じられなかったが、姫宮の態度はわざとらしく嘘をついておどけているようには見えなかった。姫宮がコーヒーカップを両手で持ち上げ、中の液体に息を吹きかける。明はおもわず、自分のそばにあるコーヒーに目を落とす。

 「性別が違うことで色々と面倒なことも多いが、男でいたときではなかった発見もたくさんあってな。考えると結構充実してるんだよな」

 「あの……」

 話題を変えようと、思わず姫宮の話を遮る。姫宮は明を黙って見ている。用意していなかった二の句を探して、目をしきりに動かす。

 店内の暖色系の木製のテーブルや椅子でそろえた落ち着いた雰囲気は、自分に合わない気がした。

 「えーっと、あの剣。あの光の剣は、なんですか?」

 思い出したのは昨晩、姫宮が持っていた白く光輝く剣。怪物を真っ二つにした、現実離れした美しい剣のことだ。

 「ああ、あれね」

 姫宮が右のてのひらをちょうど明の頭のてっぺんあたりにもちあげて、空をつかむ動作をする。すると瞬間、白く輝く剣が現れた。姫宮の手が、剣の柄を握っている。

 「これのことだろ」

 それは確かに昨日見た剣だった。

 「ちょっと、こんなところで出したら騒ぎに……」

 明は心配して、周囲を見渡す。突然、剣が出現したのだ。誰かに見られでもしたら騒ぎになるのではないか。しかし、誰も不可思議な現象に気づいた様子はない。

 「大丈夫、見えないよ。俺が見せようと思ったやつか、特殊な人間にしか見えないんだ。……例えば、異世界から来たやつとかな」

 姫宮は、テーブルの上に、無造作に剣を置く。軽い音がした。数名が明たちのいる席の横を通り過ぎたが、不自然な物体に目を向ける人は誰もいなかった。本当に、誰にも見えていないらしいと、明は理解した。

 「どうして、姫宮さんは光の剣を持っているんですか?」

 明は正面を向いて、姫宮に訊ねる。

 「前世で使ってた剣のレプリカだ。こいつの本物オリジナルを使って別世界からやってきた侵略者を斬りまくってたんだぜ」

 「レプリカですか。つまり本物ではない」

 「本物は切れ味の鋭いかっちょいー剣で、木も鉄も星だって斬れた。でも転生した今は、基本的にはただのかっちょいー置物だ」

 「だけど、昨日は怪物を真っ二つに切っていましたよね」

 「それが唯一の例外なんだ。転生するときに手に入れた力でな、異世界からきた敵はなんでも切れる。例えば、転生者ね。対異世界人なら、前世で使ってた時よりも切れ味は鋭いぜ」

 机の上の剣は、喫茶店の雰囲気から明らかに浮いている。明は、だんだんと姫宮の剣に興味がわいてきた。姫宮の話を聞いて、まるでフィクションの世界の話に、わくわくしている自分がいる。剣にふれようと手を伸ばす。だが、

 「危ないから、さわらない方がいいぞ」

 と姫宮が忠告してきた。

 「でも、転生者しか切れないんですよね」

 「うーん。堂前の場合、微妙だ。斬れるきがするし、斬れない気もするんだよな」

 「どういうこと?」

 「少し臭いんだよ」

 「臭い?」

 明は思わず自分の体の匂いを確認する。

 「いや違うんだ、そうじゃなくて。異世界からやってきたやつらは、独特の匂いがするもんなんだ。堂前から、急にうっすらそいつらと同じ匂いがするようになったんだよな」

 「でも、僕は転生者じゃないですよ」

 「そこが問題なんだ」

 姫宮は前のめりになって、机に体重をかける。

 「だからな、昨日のこと、教えてくれ。なんで堂前はあの怪物に襲われそうになっていたんだ? そこが原因かもしれないから」

 明は、どこから話そうか迷ったが、一番最初から話すことにした。ただし、明が転生しなかった理由はぼやかして話すことにした。

 

 

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