1-2


 ※※


 気づけば、花畑にいた。黄色、赤、オレンジ。明るい色の花が、そこかしこで咲いている。

 花畑には、少女が座り込んでいる。美しい金色の髪をなびかせながら、鼻歌を歌っている。耳慣れない歌だが、どこかなつかしさを覚えた。

 少女のもとへ男がやってきた。

 「やっと来たのね」

 少女が男に気づき、振り返る。

 「もう、遅いんだから。次遅れたら、ハリセンボンね」

 少女は立ち上がり、男に無邪気な笑顔をみせる。

 「なぜ、君は笑えるんだ」

 男は、鋭い目で少女に問う。

 「全部知ってしまったのね」

 少女は、男の手を握り、はにかむ。

 男の顔は、険しく、何かをこらえているようだ。

 「君は、もう……」

 男はそれ以上言葉を続けなかった。

 二人の間に風が吹く、風は、少女の髪をかきあげながら、花びらを宙へと運ぶ。

 「いいえ。いいえ」

 少女は首を振る。

 「あなたがそんな顔する必要なんてないの。だって私は、生きることは——」

 少女は、優しく微笑んだ。

 

 ※※

 

 多くの生徒が同じ方向に歩いていく。明は、あくびを噛み殺し、一緒になって学校の正門をくぐった。正門からまっすぐ歩けば、校舎にたどり着く。途中、右手側にはグラウンド見える。放課後になると、野球部やサッカー部などの部活が活動している。校舎の裏側には、体育館やプールがある。

 校舎に入った明は、自分の教室がある二階に向かう。

 歩きながら、昨日のことを思い出していた。

 昨日、明は気づくと、横断歩道の前の歩道で倒れていた。自分の体を確認するも、怪我は一つもなかった。スマホで時刻を確認すると、17時34分と表示されていた。

 自分が死んだことや、奇妙なぬいぐるみたちとのやりとりは夢だったのか。あるいは、幻覚だったのだろうか。高校生活の中で知らず知らずのうちに大きなストレスを抱えていたのかもしれない。自分の体調を心配した明は、帰宅してすぐ眠りについた。寝ている間に、嬉しいような泣きたくなるような夢を見た気がするが、覚えていない。

 昨日の出来事がどちらだろうと、明のやることは明白だった。青春をするために、友だちをつくるのだ。

 明は、教室の前にたどり着くと、大きく息を吸い込む。

 気合を入れて、教室の扉を開けようとしたときだった。

 「おはよう」

 ふいに後ろから声がした。振り返ると、そこには、クラスメイトの宮本みやもとが手を振っていた。

 「おはよう……」

 明も挨拶を返す。宮本は、移動教室や体育の時には、よく向こうから話しかけてくれる。

 明は、扉をあけたまま足を止めた。

 仲良くなるきっかけは、相手との会話だ。明は、宮本と何か雑談をしようとするが、どうしても会話が思いつかない。明が考えている間に、宮本は、明のそばを横切り、そのまま自分の席へと歩いていった。

 明も、仕方なしに、自分の席についた。

 「なんだ、嫌なことでもあった? ため息なんかついて」

 隣の席の廻廊院かいろういんが聞いてきた。明は、自分でも知らないうちに、溜息をついていた。

 「いや、何でもないんだ」

 明は、咄嗟にごまかす。

 入学以来、廻廊院は何かと向こうから話しかけてくれる。彼もまた宮本と同じで、親しみやすい性格なため、男女を問わず、多くの人と会話をしているのをよく見かける。

 「そういえば、堂前、昨日と雰囲気違うよな」

 急な話題の転換に、明は何を返せばいいかを迷った。特に髪型変えてはいないし、服装はみんなと同じ制服なので、何が違うのか見当もつかない。

 「そうそれ。私も思ったの」

 廻廊院とは別の可愛らしい声に、明の心臓は飛び跳ねた。一人の女生徒が会話に混ざってきた。輝く白い肌、どこか幼さを残した前髪、大きな目、艶やかな唇。そして太陽のようにまぶしい笑顔。明にとって入学以来、憧れの存在である姫宮桃花ひめみやとうかだ。

 彼女に話しかけられるのは、明にとって三度目だ。そのうちの二回は、消しゴムを拾ってもらたときと、筆箱に着けたキーホルダーが可愛いといわれたときだ。

 「なんだか、少し別人になったって感じがする」

 「……そうかな」

 明は、自分に変化があるとは思えない。だが、姫宮にほめられたことに悪い気はしなかった。

 「……そういえば、廻廊院君、おすすめされてたマンガ読んだよ」

 「どうだった?」

 「すごい、面白かった。あまりにも面白すぎて全巻買っちゃったよ」

 明は、二人の会話をぼんやりと聞いていた。

 「なあ、堂前。お前、姫宮のこと好きなの?」

 「え」

 明は驚いて、素っ頓狂な声を上げる。

 「ど、どうしてそれを」

 慌てて周りを見渡して、姫宮がもう近くにいないことを確認する。姫宮は別のクラスメイトと話している。

 「わかりやすすぎ」

 何が面白いのか、廻廊院がけらけらと笑う。

 「まあ、姫宮は可愛いからな。狙っているやつ多いぞ。堂前なんて、目じゃないやつばっかだ」

 入学当初は、別のクラスだけでなく、他の学年の生徒も彼女を見るためにうちのクラスに来ていたほどだ。その中には、逆にクラスの女子たちが騒ぐくらいの男子生徒もいた。

 「俺だっていけると思うんだけどな」

 明は、ぽつりと言った。

 「へえ。女子と会話した経験は?」

 「あるよ。消しゴム拾ってもらったらお礼はちゃんとしているし、掃除の時だってゴミ捨て頼まれるし」

 「なるほどね」

 廻廊院は、腕組みしてうなる。

 「俺が女子との会話のコツ、教えてやろうか」

 廻廊院が提案した。

 「いいのか。お願いしたい」

 廻廊院は、入学して一か月で、男女問わず多くの友人がいる。人との会話が苦手な明は、廻廊院から人と仲良くなる方法を教えてもらいたいと思っていた。

 明が廻廊院から、話を聞き出そうとしたとき、ちょうどホームルームを告げる鐘が鳴る。

 「また後でな」

 担任教師が教室に入って来た。廻廊院が前を向いたので、明も仕方なく前を向く。

 明の斜め前には、姫宮が座っている。彼女と仲良く話せれば、どれだけうれしいだろうか。明の頭の中には、幸せな未来が広がっていた。

 


 帰りのホームルームが終わり、明は帰り支度を始めた。友だちと教室を出ていく生徒もいれば、クラスメイトと談笑する生徒もいる。

 すでに、クラス内では、いくつかのグループができていた。昼食や、放課後に固まっては、よく笑い声が聞こえる。漫画やドラマなどでよく見る青春と同じだ。一方で、グループの輪に入ってない生徒もいる。明がそうだ。中学時代から、明はよく一人でいることが多いかった。

 だが、そんな生活も今日までだ。誰からも好かれる姫宮と仲良くなれば、他の生徒とも接する機会が多くなり、友だちを沢山つくることができるはずだ。 

 明は隣の席を見る。廻廊院は、帰り支度をしながら、男子生徒と話していた。廻廊院とは、朝に話したきり、会話する機会がなかった。明日からゴールデンウィークのため、今を逃すと、しばらく廻廊院と話せなくなる。明は、廻廊院と男子生徒が話し終わるのを待つことにした。

 斜め前の席に、明は目をやる。姫宮がリュックに、教科書を詰めていた。彼女のリュックには、黄色、緑、ピンクの可愛い犬のぬいぐるみストラップが3個ついている。鮮やかな色のストラップのおかげで、登校中の彼女は、遠くからでも目立つ。

 「姫宮さん、このあと、みんなでカラオケ行くんだけど、どう?」

 姫宮に、女子生徒が話しかけた。女生徒の後ろで、彼女とカラオケに行くのであろう数名の男女が、その様子をうかがっていた。

 彼女もまた、明とは違った意味でグループに所属していない。ほうぼうのグループを渡り歩いている。お昼や放課後は、人気の高さから、さまざまなグループから誘われているのをよく見る。

 「ごめんね。私これから、テニス部に行くんだ」

 姫宮が、両手でラケットを振る動作を行う。

 「そっかー、残念。姫宮さん、テニス部に入るんだ」

 「まだ体験だけどね。体動かしたいから」

 「中学でも、やってたの?」

 「ちょっとだけ」

 姫宮は、右手の人差し指と親指で、空をつまむ動作をする。どこか照れたように笑顔を浮かべていた。

 「それじゃ、テニス頑張ってね」

 姫宮は、手を振って教室から出ていった。

 はっとして隣の席をみると、既に廻廊院の姿は見えなくなっていた。明は、廻廊院を探すため、荷物をもって教室をでる。後ろから、笑い声が響いてきた。明は、振り返らずに足を進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る