第32話 銀色の希望

 クレスは自分の中で魔力をマグマのように滾らせ、激流のように激しくうねるイメージを起こす。

 余剰となった魔力が体からあふれ出し、クレスをが包み込んだ。


 その時だった。


『クレス…。クレス…。大丈夫よ、私が貴女を助けてあげる…』


 突然、辺りの景色が止まる。

 まるで時間が止まったかのようだ。


 そして突然現れた、優しい顔をした大人の女性がそっとクレスを抱きしめた。


「貴女は誰…?」


 クレスにそう問われても、その問いには答えてくれなかった。

 その代わり、優しい笑みを浮かべて応えた。


『愛しき娘、私の可愛い子。このチカラは私からの最期のプレゼント。受け取って、これは私達一族の最期の希望・・・。私達は、ずっと貴女を見守っているから・・・』


「え…、もしか…して、おかあ…さんなの?

 待ってっ、私は───」


 初めて見た筈なのに、すぐに理解した。

 美しい長い銀髪、同じ金色の瞳。

 どことなく自分の顔に似ているその人がなんなのかを。


 時間は再び動き出す。


『グッグッグ、その倒れているニンゲンの男。

 歳を食ってるのに、なぜか旨そうな匂いがするな。

 お前達、ソレは俺に残しておけ。先に、アノ娘を狙うのダ!』


 お父さんの血の匂いを嗅いで、涎を垂らすオーガ達。

 しかし、オーガロードに止められてしまい、名残惜しそうにするもこちらに向き直した。

 そしてオーガ達は、一斉にこちらに向かってきた。


 再びオーガ達の下卑た笑い声も聞こえてきた。


 しかし、もうそんな事は気にならなくなった。

 先ほどまでの激情が嘘のように消え去り、代わりに温かい感情と少しの哀しみが心を満たした。


 いつの間にか流れる涙。

 そして、体の奥から今まで感じたことが無いチカラが湧いてくる。


『お主は、やはり…』


 ヘルメスは小さな体でオーガ達を近づけまいと、キシャーッと威嚇していたようだ。

 治療しつつも、お父さんを守ろうとしてくれるなんて、とってもいい子ね。


 でも私の様子が突然変わったせいで、へルメスも驚いたみたいだね。

 傍から見たら、絶叫してたと思えば柔らかな笑みを浮かべてたので、ちょっと怖いかもしれない。


 でも、まるで私がこうなるのを予想していたかの反応。

 もしかしたら、私の事を知っているのかもしれないよ。


「うん、ヘルメス。もう大丈夫だよ。

 きっと、なんとかなる…。ううん、してみせるわ」


 何も教わらなくても、使い方は分かる。

 きっと、これは生まれた時から持っていたチカラ。

 あの人が、…お母さんがくれたチカラなんだと思うわっ!


 クレスからあふれ出す魔力が輝きを増した。

 元々銀色をした髪がより輝きを増し、本物の銀のように光を反射し、ふわり浮き上がる。

 ヘルメスは、その様子をじっと眺めていた。

 自分の予想が合っているのであれば、きっと…。


『ンン?なんダその光は?ガハハッ、今更オマエ如きが抵抗しても無駄ダッ!お前等あの娘を叩き潰すのだ!』


「私は、私達はお前になんか負けない!…退魔の光よ、悪意を打ち滅ぼせ!『銀の制裁シルバーサンクティオッ』!!」


 クレスから放たれた、何条もの銀の光がオーガ達を貫いていった。

 その光は触れた瞬間から、オーガ達の肉体を塵へと変えていく。


 ウガガガガガガアアアアッ!


 咄嗟にオーガロードの壁になるオーガ達。

 しかし、すべてを塵に還す光の前に成す術は無かった。

 オーガ達もろともオーガロードの体を貫いた。


 壁になったオーガ達は、跡形も無く消え去っている。

 後ろにいたオーガロードも、既に虫の息の様だ。


 しかし、クレスも限界が近いようだ。

 すでに足元がおぼつかない。


 だが、それでもなんとか立ち続けるクレス。


「お父さんを、友達をお前なんかの餌にしてたまるかあああああっ!!」


 最後の力を振り絞り、剣に銀色の魔力を集めていく。

 それを縦一文字に振り下ろした。

 銀の剣閃が刃となり、オーガロードに襲い掛かった。


『馬鹿な、こんな所で俺が、俺様がやられるなどォォォっ!!俺は、あの方からこのチカラをいただいたのダゾ!?その銀色の魔力は、マサカお前がアノ──』


 オーガーロードは最後まで話すことなく、体を天辺から真っ二つにされて絶命した。

 命が尽きたその体からは、黒いもやがふわ~っと抜けていったのが見えた。


「はぁ、はぁ…、やったっ?!うあっ・・・・」


 魔力を大量に使い果たしたクレスは、遂にその場に倒れてしまう。

 グラリと視界がゆがみ、前のめりに倒れ・・・なかった。


 がしっとクレスを受け止める太い腕。

 その温もりの正体を知っているクレスは安心し、そのまま意識を手放すのだった。

 (お父さん・・・)


「クレスっ・・・。よく頑張ったな、あとは父さんに任せろ」


『馬鹿者が。まだ、お主も動いていい状態ではないぞっ!?』


「父親である俺が、そんな情けない事言ってられるかよ!ヘルメス、悪いが治療を続けながらサポートしてくれ」


 まだ血がにじむ体をおして、しっかりとクレスを抱えた。

 俺の額には玉粒の脂汗が浮かんでいる。

 傷がある程度塞がったが、受けた傷の激痛は続いている。

 ははは、今は究極のやせ我慢をしている状態だ。


 すかさず、町で購入しておいた滋養強壮薬を一気に飲み干し自分に喝を入れる。


 うげぇ、すっごい不味い。

 しかし、すこし意識がハッキリしたな。


 クレスをマリアとレイラが伏せている近くの地面に寝かせて、帰還準備を始めた。


 まずは素早く、オーガロードとオーガからの戦利品を回収する。

 さすがに亡骸をそのまま回収するのは難しいので、素材となる物だけバックパックに詰め込んだ。

 ここにエースがいればある程度荷物を括り付けれるが、今は入口で馬車の警護をしてくれているのでここにはいない。


 考えても仕方ないので、魔石と持っている量の素材だけ荷物袋に詰め込んだ。


 それからレイラとマリアに体力回復薬を飲ませる。

 即効性のあるものではないが、ここを出るまでに復帰してくれるだろう。


 「ウードさん、ごめん・・・」

 「・・・」


 レイラは意識を取り戻したようだが、やはりまだ体が動かないようだ。

 マリアに至っては意識を完全に失ったままだ。


 このままここに留まっては危険なので、急いで戻る事にした。

 ちなみに、来た時に使ったルートは塞がれているのでかなり迂回する羽目になった。

 オーガロードが来た方の道に進むしかなかったので、先に進んだのだが、しばらくすると広間に出た。


 中心には良く分からない魔法陣が描いてあったり、何かの仕掛けのレバーらしきものがあった。

 ヘルメスに『神の目』で探索してもらいながら何個かのレバーを下げたら、来た時の道が開いたようだ。


『今、道が元に戻ったようだぞ。これで帰還出来そうだな』


「助かったよヘルメス。お前が居なかったら、何度も行ったり来たりをしないと行けなかった」


『確かにな。しかし、こんな高度な仕掛けをオーガ如きが創れるとは思えん。

 早くギルドに戻って報告をした方が良いぞ』


「そうだな。ゴブリンは殆どいなくなったみたいだけど、まだ残党もいるだろうし。もしかしたらオーガも残ってるかもしれない。早く戻ろうか」


 こうして帰り道が確保出来たので、すぐさま入口まで戻る。

 ちなみに今俺は、少女とはいえ3人を担ぎ、更に背負い袋を抱えている状態でダッシュしているのだ。

 しかも、まだ傷の痛みを抱えたままでだ。


 正直辛い。


「なあ、ヘルメス!一人くらい浮かせるとか出来ないか!?」


『我に、そんな能力はない』


 と冷たく返された。

 さすがにかなり鍛えていると自負する俺でも、かなりキツイのだけどな。

 まぁ、継続して治療してくれているわけなので、文句も言えないのだが…。


 そんなわけでヘルメスが安全ルートを全力を選んでくれつつ、俺がみんなを抱えてその通りの道をダッシュしているわけだが、ほぼ気合と根性だけでなんとか脱出する事に成功した。


 入口まで戻ると、心配そうにエースが駆け付けてくれた。

 よーしいいこいいこ。

 日に当たってたせいか、ふわふわな上にお日様の匂いがしてより心地よい。


 十分に癒されてから、荷物をエースに括り付けて馬車まで運んで貰った。

 俺はクレス達をそのまま抱えて馬車の荷台寝かせ、御者席へ座る。


 ゴブリンの残党などいない事を確認してから、街道へ入り馬車を町へ出発させた。


「しかし、ゴブリン討伐依頼の筈がなんでこんな事に…」


 みな満身創痍だ。

 正直俺は死に掛けたし、マリアもまだ意識を取り戻していない。


 レイラは目を覚ましたけど、全身打ち身状態で思うように体を動かせないみたいだ。

 クレスは魔力が尽きて眠っている。

 帰り道は、エースとヘルメスだけが頼りとなる。

 まぁ、あのオーガにまた遭遇しない限りは大丈夫だろうけどね。


 途中からしか見てなかったが、クレスが銀色の何かでオーガを倒す事が出来ていなかったら、全員死んでいただろうなぁ。

 むしろ、あの状態に陥って誰も死んでいないのが不思議なくらいだ。


『どうやら情報が間違っていたのだろうな。もしくは…』


 ヘルメスは途中までいい掛けて辞めてしまった。

 何かを疑問に思ったようだったが、まだ確証を得ていない、そんな感じの反応だった。


 兎に角、全員が生きて帰ってこれた事に安堵しつつ、俺らは町へと帰っていくのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る