第33話 死線を潜ったあとに

 それからゆっくりと丸一日掛けてカンドの町へ戻ってきた。


 途中でマリアも目を覚まし、一安心だった。

 元々、打たれ強さが低いマリアはあの一撃でかなりの重傷を負ったが、幸いヘルメスの『治癒』の力のお陰で殆ど完治している。


 たった半日で骨折やら、打撲やらが綺麗さっぱり治っているのを知るとマリアも驚愕していた。

 レイラは、マリアの治療が一通り終わってから治療したが、既に目を覚ましていたので御者をしている。

 『ウードさんは、ここまで頑張ったんだから少し休んでて』と優しい笑顔で代わってくれたのだ。


「ウードさん、あれから私達はどうなったんですか?」


「ああ、そうだな。実はあの後──」


 マリアが気を失ってからの一連の出来事を詳しく説明した。

 特に、オーガロードの事やクレスの事をだ。


「そ、そんな事が!?オーガだけでもかなりの脅威なのに、オーガロードだなんて…。にわかには信じ難いですが…。そんな事より、良くそんな大物が現れて私達生きていますね…」


 マリアの感想はごもっともだ。

 俺もあの時、一回は死を覚悟したのだから。


 それにしても、あのクレスが発現した銀色の力は凄まじかった。 

 あれが無ければ全員間違いなく死んでいただろう。


 しかし、あれは一体何だったんだ?

 意識が朦朧としていたから、朧げにしか覚えていないが、一瞬でオーガ達を倒したように見えた。


 だがクレスはあの後気を失ったままだし、ヘルメスは何かを知っていそうだったが、口を固く閉ざしたままなので分からずじまいだ。

 肝心な事は教えてくれないんだよなぁ…。


「ウードさん!そろそろカンドの町だよ!ほらっ、見えてきた!」


 元気を取り戻したレイラが、町の門を見付けて明るい声で教えてくれる。

 あの時、咄嗟にレイラがマリアを庇いつつ、オーガを倒していなければあの時点でマリアはこの世から去っていたかもしれない。


 一撃で戦闘不能になった事を悔やんでいるようだが、咄嗟にあんなことが出来るレイラは剣士としての才能はかなりものだと思うのだ。

 だから、マリアの命を助けたことを誇ってもらいたい。


「ああ、ありがとう。町に着いたらすぐにギルドに報告に行く。すまないが、ゆっくり休むのはその後だ」


「うん、分かっているよウードさん。私もしばらく気を失ってたからあんまり覚えてないけど、オーガの群れがあそこに棲みついてたら、…結構ヤバイもんね」


「ウードさんの話を聞く限りでは、この件は上級冒険者が受けるような内容になると思います。どれだけ残党が居るか分かりませんが、急ぐに越したことはないと思いますわ」


 レイラも俺から話を聞いた時は、目を丸くして驚いていた。

 クレスも気絶していたし、いつもならそんな冗談をと言って流しそうなものだが、急いで回収した素材と魔石を見て本当の事だと確信したらしい。


 意識があるのが俺だけなのを確認すると、珍しく照れた様子で『そっか、最後はウードさんが私らを担いで脱出してくれたんだね。そういう意味では、命を助けてくれた恩人だね。ウードさん、ありがとう!」と面と向かって感謝された。


 素直に感謝出来るこの子も、根っこはとてもいい子なんだと思った。


 道中は、エースが絶えず警戒してくれているお陰でゴブリン一匹すら近づいて来ることはなかった。

 珍しく殺気だった様子を見せていたので、エースも何か緊急事態が起こっていると肌で感じている様子だ。

 やはり、親に似てとても賢い子なんだな。

 いつもありがとうなと言ってもふもふと撫でてやると、すごい勢いで尻尾をブンブンしていた。

 うん、滅茶苦茶可愛い。


 しばらくして町の入口に到着する。

 町の入口にいる門番にギルドの冒険者タグを見せようとしたが、俺の顔見るなり『ようっ!ウードさん。今回も無事で何よりだよ!』と言ってすぐ開けてくれた。

 こういう時、皆に顔が知れていると話が早く済んで助かる。


 そのままギルドのある町の中心地へ向かい、馬車も停留所に置かせてもらう。

 マリアにはクレスを見てて貰うため残って貰い、エースを護衛として置いていく。


 ギイィっとギルドの扉を開けて、レイラと二人で中に入った。

 俺とレイラだけという不思議な組み合わせに、中にいた冒険者達が不思議そうな顔で一瞬こちらを見るも、すぐに興味を無くし自分達の話に夢中になる。


 冒険者の受付嬢の所にいき、すぐに話しかけた。


「あ、ウードさん!今回も随分お早いお帰りですね。まさか、もう終わったんですか~!ま、でも今回はゴブリン相手だし不思議でもないですけど!」


「いや、残念ながらクエストは失敗だ。中には入ったけど、制圧出来なかった」


「へ…。じゃあ、思ったよりも規模が大きかったので調査報告とかですかっ?!」


 ガタンと椅子を倒す勢いで立ち上がる受付嬢。

 さすがに拙い事が起きていると感じたみたいだ。

 ゴブリンとはいえ、規模が大きくなれば近隣の村への被害も無視できないものになる。

 まして、ジャイアントウーズを倒した俺らのチームが急いで帰ってきたとなればかなりの規模だと想定しているだろう。


 しかし、現実はそれを遥かに超える事態になっていた。


「ああ、実はな──」


 俺は、洞窟の中で起こった事を事細かく説明をした。


「お、お、オッ!?」


「いや、落ち着きなさい」


「オーガの大群っ!?」


 またしても、受付嬢は大きな声を上げてしまう。

 あたりにいた冒険者達から一斉にこちらを注目する。


「しかも、オーガロードが出現したですって?!いや、もうそれだけで脅威度Bランク以上じゃないですか!!良く、無事で…」


『オーガロードだと!随分ヤバイのが出たみたいだな…』

『また、ウードのとこか!運よく逃げ切れるあたり、流石だな』

『オーガだけでも、かなりなもんだぞ。さっき複数出たとか言ってたから、結構やばそうだ。おい、お前行って来いよ!』

『馬鹿か、俺なんか何人いてもあの硬い皮膚に傷も負わせれねーよ』


 といった具合に、みな好き勝手言っている。

 しかし、受付嬢の次の一言で状況はさらに一変する。


「え、本当に倒したんですか?本当の本当に?!」


「ああ、本当にやばかった。逃げ道も塞がれたから、死を覚悟したよ。でも、娘のクレスがなんとか倒して生き延びたんだ。これがそのオーガロードの素材と魔石だ」


 そう言って、受付嬢に袋を差し出した。


 受けとるとすぐさま中身を確認する。

 すると。


「ほ、本当にオーガオードの角と牙、それにこの大きな魔石は間違いないですねっ。あははっ、私は夢を見ているのかしら…」


「お、おい。嬢ちゃん今なんて言った。ウードのおっさん達がオーガロードを倒したって聞こえたんだが??」


「まっさかー!流石にないだろ?まだEランクのパーティーだぞ?!脅威度Bのオーガロードとか、倒せるわけないだろっ!?」


 話を盗み聞きしていた冒険者たちが信じられないと言った顔で、受付嬢に詰め寄るのだった。

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