第31話 覚醒の音

『ガハハハハハッ!面白い小娘がいたものだな。手下どもが人間をどう料理したのか見に来た筈がまさか全部やられちまってるとはなッ。…キサマら、生きて帰れると思うなよッ!!』


 突如現れた巨大なオーガ。

 その雄叫びだけで、天井が震えている。


 この洞窟は、天井は高めに掘られているようで、さっきのオーガでもこん棒を振り上げるだけの余裕があった。

 しかし、このオーガは頭が天井に着きそうなくらいデカい。

 しかも、その手には大きな剣が握られており、さっきまでのオーガとは明かに違っていた。


「な、なんじゃありゃ…」


「お、お父さん。何あれ…」


 その図体だけでも驚愕なのだが、人語を話し更に何か黒いもやみたいなのを纏っている。

 流石のクレスも、その風貌に気圧されているようだ。


『な、なんだとっ、あやつはオーガロードだ!しかもあの異様な雰囲気は…もしや!?いかん、お主らでは勝てぬ。早く逃げるのだ!』


 徐々にゆっくりと近づいてくる巨大なオーガ、いやオーガロードか。

 しかも、悪夢はそれだけでは終わらない。

 後ろには、手には粗悪ながらも剣を武装し、頭には錆びた兜を装備したオーガ達が3体現れた。


 グオオオオオオオッ!

 オーガロードの前に出て、こちらを威嚇してきた。

 その目は獰猛かつ、俺らの事を獲物としか見ていない獣の目だ。


「逃げるったって、何処にだよっ!」


『今『神の目』で、脱出経路を探索している!あのマリアを襲ってきたオーガが来た方は…。くっ、駄目か、行き止まりだと!?あのオーガはどうやって出てきたのだ?!』


 逃げろと言ったヘルメスから、逃げ道は無いと知らされて絶望的な気分になる。

 しかし、ここで諦めるわけにもいかない。


 クレスは勿論、レイラもマリアもこんな所で死なせるわけにはいかない。

 なんとしても、ここ切り抜けてこの子達を無事に帰さないといけない。

 まずは、あの武装しているオーガ達をどうにかしないとだ。


「クレス、俺が囮になる。だから、あのオーガ達を一体づつ倒すんだ」


「で、でもお父さん。あんなの、勝てるわけないよ…!」


 オーガロードのその異様な雰囲気にのまれてしまい、怖気づくクレス。

 まだ15歳の少女なのに、正気を保っているだけでも褒めるに値する。

 しかし俺では傷つける事すら出来ないので、自分でも情けないがクレスに頼るしかないのだ。

 

 せめてレイラが意識を取り戻してくれれば、勝機がありそうなんだが。


 じりじりと詰め寄ってくるオーガ達。

 その後ろで、下卑た顔でニヤつくオーガロード。


『さあ、やれお前達!』


 そう言うと、オーガ達が襲い掛かってきた。


「くそ!やらせるか!!」


 傷をつけれなくても、牽制くらいなら!

 そう思い、智慧の杖でなんとか剣を受ける。


 ギイイイイイインッ


 幸い、こん棒よりも重量が軽いせいかなんとか受け流せた。

 振り下ろす速度はなかなかのものだが、そもそも大雑把な攻撃のため、完全に躱せなくてもなんとか受け流せている。


 長くは持たないだろう。

 だがこの隙を突いて、クレスが倒してくれれば…。


「え、お父さんっ!?・・私は馬鹿なの!?こんな所でお父さんを、友達を失うわけにはいかないのに、呆けてる場合かっ!!」


 バチーンと自分の両頬を叩き気合を入れると共に、恐怖を打ち消すクレス。

 すぐさま、剣を構え直しオーガに飛び掛かった。


「せええええいっ!」


 俺に向けて剣を降ろすオーガ目掛けて、目にも止まらない速さでその背中を斬り付けるクレス。

 一撃で倒すまでは至らなかったが、深手を負わせることに成功した。


 グアアアアアアッ!!


 怒り狂い、剣を振り回すオーガ。

 仲間のオーガも、その様子を見て目に怒りの色を灯す。


 だが冷静さを失った相手の攻撃などクレスにとって児戯に等しいだろう。

 難なく躱し、さらに追撃を仕掛ける。


 しかし、その時。


『やはり、この銀の娘が邪魔なようだな。小癪な。これでも食らって大人しくしろっ『グラウンドスピア』!』


 なんと、オーガロードが土魔法で作った数本の槍を放った。


 は?オーガって魔法使えんの?

 って、言ってる場合じゃない!


「クレス!!」


 あ、やってしまった…。

 すまん、クレス…。


 俺は咄嗟に前に出て、クレスを襲う魔法から守る為、身を挺してしまったのだった。

 これは…、流石に無理かも。


 ドスドスドスッ…ドサッ。


「お父さんっ!?」


 そして、俺は床に血だまりを作りそのまま倒れるのだった。


───


 お父さんは、私を庇い全身から血を流し倒れた。

 お父さんが流した血で、辺りにどんどん血溜まりが出来ていた。


 相手は武装したオーガ達。

 その奥には、彼らの王であるオーガキングが下卑た顔でニヤついていた。

 彼等の目には、もはや獲物を捕らえたという余裕すら伺える。


 このままでは、お父さんが死んじゃう。


「ああっ…、お父さん!お父さんが死んじゃうっ!いや、いやぁぁぁっ!!」


『落ち着け娘。ウードは我が何とかする!だが、このままでは、全員奴等にやられてしまうぞっ!』


 取り乱す私を小さなヘルメスが宥める。

 お父さんの治療は、ヘルメスがやってくれているみたい。

 よく見ると少しづつ傷が塞がっている。


 でもヘルメスの言う通りだ。

 一命を取り留めたとしても、あのオーガ達をどうしにかしないと状況は変わらない。


 何とか、何とかしないと!


 マリアもレイラはまだ動けない。

 先ほどのオーガ達の強襲を受けて、意識が朦朧としているようで起き上がる事も出来ない。

 今動けるのは私だけだ。


 このままでは、みんな死んじゃう。

 大事な友達のマリア、レイラ・・・そして大好きなお父さんがっ!!


「そんなの、そんなの嫌だあああああああああああああああっ!!」


 私は吼えた。

 今まで、檄を飛ばす事はあってもここまで感情を露わに絶叫した事など、生まれて初めの事かもしれない。

 でも、叫ばずには居られなかった。


 大好きな人たちの命がここで尽きるかもしれない。

 そんな事、私には許せる話でなかった。


「うああああああああああああああああああああ!!」


 その時、私の中の何かが弾ける音がした。

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