第七話2-4成せること


 「み、見習い騎士のデリーと申します、聖女様!」


 ミコトの前に彼はそう言って宮廷の礼儀に則った挨拶をする。

 そんな彼の様子をミコトはまじまじと見る。


 「認識しました。デリー殿?」


 「デ、デリーとお呼びください聖女様」


 うっすらと脂汗をかきながらデリーは背筋を伸ばす。

 緊張をしているために顔もやや赤い。


 「聖女様は今後色々と魔術についての研究をなさると言いましたよね? ですので護衛として彼をつけます。何かありましたら遠慮なく彼に言ってくださいね」


 ザイナックはそう言いデリーの肩を軽くたたく。

 するとデリーは胸に手を当てザイナックに軽く頭を下げ言う。


 「この命に代えましても聖女様の御身は守って見せます!」


 「それは頼もしい。よろしいですね聖女様?」


 ザイナックにそう言われミコトは頷く。


 「認識しました。では今後何かありましたらデリーに言います」


 ミコトはそれだけ言って自分の机に向かう。

 そこには読みかけの魔術書の本が開かれていた。

 女神の唄についての手掛かりを探していたのだった。

 しかし特段女神の唄についての詳細は見つからない。



 ただ、その唄はあらゆる奇跡を起こし普通の人間には唄う事が出来ないと記されていた。



 普通の人間にはが出来ない?

 では人間でなければ唄えると言う事だろうか?


 ミコトはそんな事を思いながら本を読み進める。

 


 「ふむ、聖女様は本を読み始めると周りが見えなくなる時がありますからね。さて、デリー君。私は別にやらなければならない事が有ります。聖女様をよろしくお願いしますよ?」


 「はっ、必ずや!」


 ザイナックはデリーのその様子に満足そうに頷き部屋を出て行ってしまった。 

 部屋に取り残されたデリーはそのまま直立不動で扉の前にたたずんでいる。

 しかしミコトは本を読む事に集中していてデリーのそんな姿に気付いていない。


 そうしてしばし時が過ぎる。

 使用人がお茶の準備を始めミコトの側に来てお茶を差し出す。

 ミコトはそれに気づいた様子もなく黙々と本を読んでいる。

 デリーはその様子に違和感を覚え、思わず聞いてしまった。


 「聖女様、お茶が冷めますが‥‥‥」


 「お茶ですか? 現在私の体内は水分保有量も十分なので摂取する必要はないと思います。それよりデリー、あなたの肉体は休息と水分補給を必要としているようです」


 読んでいた本から顔を上げミコトはデリーをちらりと観測する。

 長時間直立不動で立っていた為疲労が見受けられる。

 水分摂取もしていなかったようでこのままでは身体能力に影響が出てしまう。

 ミコトは使用人にお願いをしてデリーにもお茶を入れてもらうようにする。


 「せ、聖女様! 私の様な者にそのような事は‥‥‥」


 「任務を遂行する為には必要な処置です。休息をして身体の回復と水分補給をしてください。このままですと四時間後にはあなたの身体能力が著しく低下してしまいます。その後十時間で生命活動にも影響が出ます」


 ミコトのその演算にデリーは思わず彼女の顔を見てしまう。


 美しいその顔には感情が見られずただ自分のする事にだけに没頭をしている。

 聖女と言う存在の護衛と言う名誉ある役目を言いつけられたと言うのに。

 デリーはこちらを少しも見ようとしないミコトに少し落ち込んだ。


 と、ミコトがこちらに視線を向ける。


 透き通るような瞳に映し出されたデリーは思わずその瞳に吸い込まれそうになる。

 深い緑色の瞳、半透明な青い髪、そして陶器のような美しい顔。

 まるでお人形のような彼女から目が離せなくなっていた。


 「やはりそうですね。あなたの瞳の色はエヴァと同じです。さあ、デリーもお茶を飲んで休憩をしてください。私はもう少しでこの本の解析が終わります」


 「は、はぁ‥‥‥ では、お言葉に甘えて」


 ミコトにそう言われやっと金縛りから解き放されたデリーは言われるまま用意されたテーブルに座り出されたお茶を飲む。

 一口味わって気付く。

 今までに飲んだことが無いほど上等なお茶だった。


 「美味い!」


 「私は水で良いと言っているのですが何時も彼女たちはこれを用意してくれます。味覚の分析はしていますが他の味を知らないので比較対象が出来ません。これは美味しいのですか?」


 ミコトのその疑問にデリーは思わず彼女の顔を見返す。

 異界の人はお茶を飲んだことが無いのだろうか?

 そんな疑問を一瞬思ったがデリーはすぐに答える。


 「ええ、勿論です。私が今まで飲んだお茶の中で最高に美味い。」


 「なるほど、ではこの味を最高に記録します」


 そう言ってミコトもそばに置いてあった冷えかかったお茶を飲む。

 香りが鼻腔を通り抜け芳醇な味が口内に広がる。

 そのすべてをメモリーするかのようにミコトは一つづつ頷きその味を覚える。


 「これが最高に美味しい味」


 ミコトのその言葉にデリーは焦った。

 自分の様な者がお茶の何たるかを知っているわけではない。

 ただ、身分の低い自分はこんなにも美味しいお茶を飲んだことが無かった。

 しかしそれは目の前にいるミコトに対しては絶対ではない。


 「あ、あの聖女様。失礼ながら私はお茶に対して不勉強です。このお茶は確かに美味しいですがそれは私の私見でして‥‥‥」


 ミコトはデリーのその言葉に飲みかけていたカップを置く。

 しまった、余計な事を言ったのだろうか?

 デリーがそう後悔しているとミコトはデリーと自分のカップを見比べながら聞く。


 「ではこのお茶以外のお茶を飲ませてください。比較対象の数が増えればその違いが分かります。私はこのお茶以外の資料がありませんから」


 そう言ってもう一度お茶を飲み始めるミコト。

 デリーは一瞬ポカーンとしてしまったが聖女であるミコトの初めての要求だった。

 思わずその場に立ち上がり胸に手を当てお辞儀をする。


 「分かりました! 私がいろいろなお茶を集めてまいります!!」


 ミコトはお茶を飲みながら「お願いします」とだけ言う。

 デリーはすぐさまミコトに一礼して自分の成せることを始めるのだった。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る