第六話2-3伝説
伝説にはこうあった。
―― 世界に災い降りこの国にもその不幸が押し寄せる時女神の言葉を聞きし聖女が異界より呼び寄せられその災いを女神の唄にて退ける。
聖女は女神の唄を紡ぎ、この世を浄化する。
全てを神聖なる唄により
全てを女神の御元に
唄え聖女よ
全てを救うために! ――
それはこの国にいる子供でさえ知っている伝説。
幼い頃より親から子へ、そして孫へと語り継がれている伝説。
ミコトはそうザイナックから聞かされていた。
そしてその伝説が刻まれた石板は城の広間に昔から壁に書かれ掲げられていた。
ミコトはその石板を見上げながら一字一句その言葉を記憶する。
「この伝説を書き記したのは誰ですか?」
「太古の魔術師としか聞かされていません。その昔この世界が災いに乱れ女神様に救いを求めた神官の少女が受けた天智と聞きます」
ミコトはザイナックのその説明にまた疑問を持つ。
その当時の神官の少女はその女神の唄を歌えたのだろうか?
その歌とは一体どんな効果があるのだろうか?
魔術の術式としてどのような言葉が組み込まれているのだろうか?
しかしその女神の唄とされる術式は誰も知らない。
ザイナックの話であればその唄は聖女であればおのずと唄えると言う。
だがミコトはその唄を知らない。
ザイナックはまだミコトがこちらの世界に慣れていないのが原因だろうと言うが果たしてそうなのだろうか?
これではせっかく魔術と言うモノを理解しても目的が達成できない。
ミコトは早く呼び寄せられた使命を果たし元いた世界に戻らなければならなかった。
―― そう言えばあの少年はエヴァと同じ瞳の色をしていましたね‥‥‥
ミコトは先日あの城壁の軒下で出会った少年の事を思い出す。
見習い騎士であるという彼はミコトを見て大慌てでその場に膝をつき頭を下げた。
今までにもいろいろな人に聖女として傾しつかれたがあそこまで仰々しくされたのは初めてだった。
エヴァと同じ青い瞳の色。
鮮やかなその瞳の色は吸い込まれてしまいそうなほど純真だった。
ノイズの無いその瞳はAIでありこのイレギュラーばかり引き起こす疑似生体の持ち主であるミコトにとって惹かれるモノが有った。
そう思うとミコトは何故かその少年御情報がもっと欲しくなった。
「先日雨を降らせる魔術の実験時に同じ軒下で雨宿りをした騎士見習の少年について教えてください」
いきなりミコトにそう言われザイナックは思わずミコトを凝視してしまった。
彼女が人に対して興味を持ったのは初めただからだった。
ザイナックは当時の話を従者たちから聞いていた。
たまたま他の用事で同席出来なかったがミコトの使う雨を降らせる魔法は素晴らしい物だったらしい。
そして雨宿りした時に騎士見習の少年がいた話も聞いた。
「確か、デリーとか言う名前だったと思いますね。下級騎士の息子で見習い騎士の」
ザイナックはそう言いながらミコトの様子を盗み見る。
ミコトは見た所、年の頃十五歳くらいに見える。
この世界で言えばちょうど成人を迎える年頃だ。
十五歳にもなれば何とか一人で食べていける年齢。
それがこの世界だった。
ザイナックはミコトに気付かれないように口元に笑いを浮かべる。
自分を人工生命体ホムンクルスと言いながら異性に興味があるのか?
であればその者にミコトの専属従者として付かせ聖女であるミコトを御する要にするのはどうだろう?
宮廷魔術師である彼にしてみればあらゆる手段を取っても聖女であるミコトを意のままに動かしたい。
そんな下心が垣間見れる笑みだった。
「聖女様、その者が気になるようでしたらこちらに呼びましょうか?」
「いえ、彼の資料が確認したかったのです」
そう言ってミコトは見上げていた伝説の石板から目を放し踵を返して広間を出て行く。
ザイナックはその後姿を見ながら今度はその笑みを隠すことが無かった。
* * * * *
「わ、私がですか!?」
「そうだ、君には聖女様の護衛を任せたい。城にいる分には問題無いだろうが今後城外での魔術実験も頻繁に行われるだろう」
ザイナックに呼び出しをされたデリーは緊張した様子でその話を聞いていた。
いきなり騎士見習の自分が宮廷魔術師に呼び出されそして聖女の護衛と言う大任を任されるとは思ってもみなかった。
しかしこれは千載一遇のチャンスでもあった。
下級騎士の父は先の戦争で既に他界して、好意にしてもらっていた騎士隊長のお陰で騎士見習をさせてもらっている。
そんな自分にこんな話が舞い込むとは思ってもみなかった。
「そ、その大役喜んでお受けさせていただきます!!」
興奮しながら答えるデリー。
そんなデリーに思い出したかのようにザイナック付け加えて言う。
「それでだね、聖女様は異界の方だ。まだまだこの世界に慣れておられない。なので君には聖女様について事細やかく報告もしてもらいたい」
ザイナックはそう言って目の前の少年を見る。
デリーは純真なまなざしで大きく頷きその事を了承する。
ザイナックはその様子を満足そうに見てから頷く。
デリーが一礼をしてザイナックの執務室を出て行く。
その彼の後姿を見てザイナックは細く笑むのだった。
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