第五話2-2少年
ミコトは聖女としてこの国、イザンカ王国で数ヵ月を過ごしていた。
「聖女様には驚かされるばかりです。この数ヵ月で我々の言葉を覚えてしまうとは」
「言語のパターンと構成方法が分かれば人の言葉は容易に理解できます。それより理解できないのは魔法と言う存在です」
ミコトはザイナックに渡されていた本を閉じ顔を上げた。
言語はそれほど難しくはなかった。
英語と同じような構成でAIであるミコトにすればブロックの組み換えの様な物だった。
だがそれとはまったく別の系統で「魔法」の文字と言葉が存在していた。
それはミコトにとってまさしくプログラミング言語のように感じる構成だった。
その言葉を組み上げ高速で唱え始めると、それに伴い認識する物理の理と違ったものが作用して有り得ない現象が起こるのであった。
「魔法とは女神様が我ら人間に分け与えてくださった御業です。それは奇跡を起こす力、正しく女神様の唄なのです!」
恍惚とした表情でザイナックは天を見上げてそう言う。
しかしミコトはこの摩訶不思議な現象に何度演算してもその答えが見いだせない。
ザイナックの話だとこの世界には魔素と言う物が存在していてそれが魔力となり物理にも影響を及ぼすマナに作用して奇跡を起こすと言う事らしい。
マナはこの世界の構成する物すべてに存在すると言う。
ミコトはもう一度先程の本を見てみる。
それは魔術についての入門書。
しかしその内容はあまりにも抽象的かつ、宗教的であった。
魔素の認知、そこから繰り出される出力が魔力、そして物体に影響を及ぼす。
そう理解するのが当然だったがそもそもその観測方法が分からない。
―― そう言った不思議な力が観測されていないだけで実在するかもしれないでしょ? ――
エヴァの言葉が蘇る。
ミコトはその理不尽な言葉にもう一度演算を試みる。
それは魔素や魔力が存在し、そしてマナに影響を及ぼすと仮定をして見る。
すると疑似生体の瞳に有り合えないものが見え始めた。
それは金色の光。
認知をしようとそれを更に観測する。
それらは目の前にいるザイナックにも胸のあたりから発している。
いや、おおよそ生物と言えるものは全て体の中から金色の光を放っていた。
それは金色の粒子の様でまるで霞の様でもあった。
コンコン。
ドアの扉が叩かれた。
「失礼します。暗くなってきましたの明かりをつけさせていただきます」
使用人が部屋に入って来て固定の燭台に魔法の明かりをともす。
それを見ていたミコトは更に驚きその瞳にその様子を焼き付けるかのように観測をする。
使用人が明かりの魔法を使おうと呪文を唱える。
この世界は簡単な魔法であればだれでも使えるらしい。
その言語が言霊となり響き金色の光に作用を始める。
それは流れ出すかのように指先に集まり溜まっていきやがて光る球体へと変化していた。
使用人はその光を燭台の所定の箇所へ固定する。
ミコトは興味深くそれを見ると明かりの中にまだ金色の光が渦巻いている。
それは少しずつだが光に変換されこの部屋を灯す明かりになって行く。
「聖女様、いかがなされましたか?」
ふいにザイナックが聞いてくる。
「魔法は何度か見ましたが正確に観測するのは初めてです。呪文と言う言語の響きにより魔素らしきものが反応を始めプログラムを実行する。どうやらその原理が見えて来たようです」
「流石は聖女様! 魔道の何かをもうご理解いただけたか!!」
「まだ完全に理解したわけではありません。魔法を使うこの言語と音声振動の因果関係を演算します。いくつか試行錯誤をしますので協力を願います」
ミコトはそう言ってもう一度魔術の入門書を読みだすのであった。
* * * * *
ミコトが魔素の輝きや魔力の流れについて認識を始め早一週間。
簡単な魔法についての解析が出来始めていた。
それは正しくプログラミング言語と同じで発する呪文が金色の光に作用して動き出す。
一旦その原理を理解すると難しい魔法についてもその構成や術式がプログラムと同様であり、発する呪文の言葉一つ、音程一つでその精度が上がる事も分かって来た。
ミコトはそれを実証する為にいくつかの魔法を唱えてみる。
城の外、平原の広がるここはしばし雨が降らずその大地は乾き草木も元気を失っていた。
「【天に舞う水滴は命の水。空気よ流れ集まれ。天を覆い雲を呼び寄せろ。そして乾いた大地に天の恵みを降らせろ!】」
この世界で話されているコモン語とは違う魔法の言葉で唄うかのように流れる調子で呪文を唱える。
するとミコトのその言葉に準じて自分の胸元からあの金色の光が立ち昇る。
その霞の様な光はミコトが呪文を唱え終わると一気に天空高くに昇り真っ黒な雲を呼び寄せた。
渦巻くその雲は知っている者なら低気圧による祥雲と分かる。
今にも乾いた大地に恵みの雨を降らせるモノだった。
ぽつ、ぽつ‥‥‥
一滴二滴と雨粒が大地に吸い込まれ始めた。
そしてそれは勢いを増し土砂降りの雨になる。
ザァーザァーっ!
「聖女様! 雨に濡れてお風邪を召します!!」
「聖女様、これを!!」
ミコトに付随して来た取り巻きの者たちが慌ててミコトに傘をさし、ローブを羽織らせる。
目の前の平原は今や久方の大雨にその喉を潤している。
「流石だ、聖女様が大魔術を使い乾いた大地に雨を降らせてくれた!」
「おおぉっ、これで作物も枯れずに済む!」
周りにいる者たちも喜びに声を上げる。
ミコトはそんな様子を何の感情も無く見ていたがふいに振り返り城へと戻ろうとした。
「うへぇっ! いきなり大雨何てどう言う事だ!?」
ミコトが歩き出し建物に差し掛かる頃、簡易の鎧を着た少年が慌てて雨の当たらない軒下に駆け込んできた。
少年は既にびしょ濡れだったが体に着いた水滴をしたらせながらこちらを見る。
と、ミコトと目が合った。
「あっ!?」
「へっ?」
それがミコトと少年との出会いであった。
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