第二章異世界

第四話2-1声


 ミコトは光に包まれ幾つかの想定をする。



 真っ先に思いついたのが自分を含む研究成果をテロリストによる奪取が起こった事。

 もしくはAIを快く思っていない団体の実行部隊による破壊工作。


 どちらにせよ自分はこれで破壊されこの疑似生体マテリアルはその活動を停止してしまう。

 人間で言う「死」が訪れるという認識だった。



 ―― エヴァの言う人間は死んだら天国か地獄へとその魂が行くと言いますが私の場合はどうなるのでしょう? ――



 ミコトは最後にそんな疑問を持つ。

 それはAIらしからぬ疑問ではあったが。



 しかし光に包まれ目をつぶったミコトには外部からの衝撃は全くと言ってなかった。

 しばし待っても何も起こらない。


 恐る恐る瞳を開く。



 「おおっ! 聖女様だ!! 聖女様の召喚に成功したぞ!!」



 聞き慣れない言語であったがなぜか理解できた。

 ミコトは周りを見て状況を確認する。


 するとそこにはローブを羽織り宝石の付いた杖を携えた人が沢山いた。

 自分の足元を見れば幾何学的な円形の模様の中に立っており、どういった仕掛けかは分からないが書かれたその線がまだ薄っすらと輝いていた。

 薄暗い部屋は石で出来ているようで窓が無いせいで昼だか夜だかも分からない。

 


 「意思を伝達する魔術を使っております。我々の言葉が分からぬとも理解は出来ましょう? ようこそおいで下さいました聖女様」



 言語はまだ理解できないものの耳から入ったその声は脳に到着するまでに意味を持ち理解できてしまった。

 ミコトはあまりの事に驚き声のした方を見る。

 するとそこには幻聴で良く聞こえていた人物の声を発する男がいた。



 『ここは一体どこですか? 私はどうなったのでしょうか?』



 ミコトの発するその言葉はここにいる者たちには理解できない。

 唯一正面の男だけが理解できたようだ。



 「順を追って説明しましょう。どうぞこちらへ」


 ミコトはその男に誘導されるがままに従った。

 今ここで反抗的な行動をしても何の解決にもならないからだ。


 男は満足げに頷きミコトを他の場所へと連れてゆくのであった。



 * * * * *



 ミコトは移動しながらこの建物や人物を注意深く観察する。


 言語は世界中のどの国の言葉にも合致しなかったし、そもそも目の前の男の声だけが理解できるのも不思議であった。

 そしてこの建物だがほとんどが石造りで中世ヨーロッパのような建築方法であった。


 しかしながら照明は蝋燭やたいまつでは無い。

 まるでLEDの様に高温も発せず淡い光が煌々と通路を照らしている。



 『電気があるようには見えません。これは一体‥‥‥』



 脳内資料を検索しても合致する資料が見当たらない。

 ミコトは更に注意深く観察を続ける事にした。


 すると男は一つの大きな扉の前にまで来てそれを観音開きに開く。



 ミコトが通された場所は認識上応接間のような場所だった。

 

 ローテーブルをはさんで対極にソファーが置かれその周りにはちょっとした小さなテーブルが置かれ花瓶には花が生けられていた。

 見た所バラ類の様である。


 壁には一面装飾が施され、大きな絵画がかけられている。

 何処かの貴族か王族のものだろう。

 身に着ける衣服もまさしく中世ヨーロッパ風のいでたちで有った。



 「どうぞこちらへ聖女様。今お茶を用意します」


 男はそう言ってミコトにソファーに座るように促す。

 ミコトは言われた通りソファーに腰掛ける。

 すぐに給仕の者がお茶を用意してミコトの前に差し出す。


 「まだこちらの言葉は分からないでしょうから意思伝達の魔術は継続します。私はザイナック、この国の宮廷魔術師をしております」


 そう言って胸に手を当てミコトに一礼をする。


 ミコトは言葉は分からずとも意思伝達はされるその事実に驚く。

 そして自らを「宮廷魔術師」などと言う非科学的かつ酔狂な者として紹介するこの人物を見やる。



 『私はミコト。疑似生体に存在するAIです。ここは何処ですか? そしてなぜ私はここにいるのですか?』


 ミコトの発する言葉が静かにそしてゆっくりとザイナックの耳に入り、意思伝達の魔術によりそれを理解する。

 彼は少し首をかしげるもミコトの質問に答えた。



 「失礼、えいあいと言うのが何か分かりませんが、ここはファランドラと言う世界です。あなたは異界から召喚された聖女様。この世界を救うために我らの召喚魔法により呼び寄せられたのです」



 ザイナックはそう言いながらミコトにお茶を進める。


 

 『私を元いた場所へ帰していただきたい』



 しかしミコトはお茶には手も着けず、自分を元の場所に帰すように要求をする。

 ザイナックはしかし首を横に振りミコトの要求を拒否する。



 「残念ながら聖女様であるあなたは元の世界に帰ることが出来ません。それを可能にするには女神様の唄を歌えるようにならなければならないでしょう」


 『唄?』



 あまりの突拍子の無さにAIらしからぬ疑問が口から出てしまった。

 だがザイナックは大きくうなずき続ける。



 「この世界には女神様による摂理が存在する。そして我々はその女神様を信仰しています。女神様のお言葉に耳を傾けそして従う。だがそれを良しとしない者たちがいるのです。その者たちは女神様の摂理を破壊し、この国をいや、この世界を滅ぼそうとしています。我々もそれに対抗をしてきましたが長引く戦いに疲弊し、一つ一つと国が滅ぼされています。我が国にもその危機が迫っており聖女様による奇跡の唄によりこの窮地を脱出しようとしているのです」



 ザイナックは一気にそこまで説明をするが意思伝達の魔法がミコトにそれを伝えるのにわずかに時間がかかった。


 ミコトはその意思がすべて伝わってから首を横に振る。



 『そもそも私は聖女と呼ばれる存在ではありません。人に作られし疑似生体。人では無いのです』



 ザイナックはミコトのそれを聞き理解すると大いに驚く。

 そしてもう一度ミコトを頭の先からつま先まで見直す。



 「信じられません。あなたが人に作られた存在? ホムンクルスとでも言うのですか? しかしホムンクルスであれば意思などないただの木偶人形になるはず。仮に知性が有っても核となる動物程度のモノしかないはず。しかしあなたは‥‥‥」


 ホムンクルスとは何だとミコトは脳内資料から類似語を検索してみる。

 すると雑学の中から架空の人工生命体についての資料が見つかる。


 

 『ホムンクルスとは少し違いますがおおむねそれでも良いでしょう。とにかく私は疑似生体AIです。聖女などと呼ばれる存在ではありません』


 「しかしあなたは私たちの『声』を聴き応えてくれた。間違いなくあなたは聖女様です!」



 ザイナックはこぶしを握りしめ強くそう言う。



 「私たちは聖女様を呼び寄せる為三年もの時間と犠牲を払ってきました。あなたは間違いなく聖女様です!」



 彼のその言葉には揺るぎの無い何かが感じられた。

 ミコトはそれ以上何かを言う事を諦める。

 そして最優先の事項を構築する。



 それは元いた場所に帰還する事。



 そのためにミコトは目の前のザイナックにもう一度聞く。



 『では私が聖女と仮定します。そうすると私は何をすればいいのでしょうか?』


 「おおっ! 自らが聖女様であることをご理解いただけたか!? であれば話は早い。あなた様にはこの国の言葉を覚えていただきそして女神様の唄を歌っていただきたいのです!」



 また唄と言われミコトはその資料を検索する。



 ―― 唄「拍子と節をつけて歌う言葉の総称。神楽歌・催馬楽・今様などから現今の唱歌・民謡・歌謡曲などまで種類が多くある」 ――



 ミコトはその資料を見つけ出しザイナックを見る。

 そして首を縦に振る。



 『分かりました。では言語の習得を始めます。その後唄について詳細を教えてください』




 ザイナックはミコトの答えに大いに満足をして頷くのだった。

 

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