第三話1-3見えないもの
ミコトが自我と感情を自覚してから二年の月日が過ぎた。
「エヴァ、データー送信が終わりました」
ミコトは週一度のデーターを量子コンピューターに送信し終わりコードを引き抜く。
たまに脳内に無線のアクセスが出来るようにしてもらいたいと思う時があるがそれはエヴァに頑なに阻止された。
「ミコトぉ~、今日はこれで終わりだから一緒にスイーツ食べに行こう!」
「エヴァ、また糖分摂取ですか? 太りますよ?」
「がーん! 頭使うと糖分補給が必要なのよ~、ねえ良いでしょう?」
ミコトはため息をつきながら衣服の襟元を直す。
その姿は誰がどう見てもただの美少女だった。
エヴァの趣味で何処かの学生服など着せられているからますますそのように見える。
そしてエヴァとミコトは二人して食堂へと向かって行った。
そんな二人の後姿を見ながらほほえましく笑う研修者たちだったが責任者の斎藤だけは苦虫をかみつぶした顔をしていた。
「全く、あれじゃエヴァの妹だな。しかし‥‥‥」
斎藤は手元のタブレットを見ながらため息をつく。
そこにはミコトのAI複製失敗報告が書かれていた。
ミコトは斎藤たちが求めた完璧なAIとなった。
自分で判断して自分で動き、自我も感情もある。
最終的な判断も自分で決められ独立した状態も保てている。
だがそれには大きな誤算があった。
複製したミコトのAIは量子コンピューター内での稼働が出来なくなっていたのだった。
データーとしては存在できてもAIプログラムとしての稼働がままならないのだ。
しかし斎藤には心当たりがあった。
それは人間の常識で物事を行うには人の形をしていなければならない。
疑似空間などでアバターでの義体を制作してもやはり実在とは違う為AIプログラムが起動しなかったのだ。
「コンピューター内だけに存在をさせると言う事が今の技術ではできないと言う事か? となると別口の国のプロジェクトである『人類デジタル化』などと言うモンは結局成り立たないと言う事か?」
斎藤はため息をつく。
近年AIの活躍によって人間の生活は向上したが各国の人口増加は止まり逆に減少が始まっていた。
人材不足を補佐する為の完璧なAI。
それが出来たはずなのにそれを稼働させるにはミコトと同じく疑似生体のマテリアルボディーが必要となる。
人型の疑似生体ボディーの中だけで存在できるAIなど極地や危険な場所での作業の邪魔にしかならない。
AIに人型ボディーを持たせるのは結局人工生命体を生み出すのと同じになってしまっていた。
斎藤はタブレットの別のファイルを開く。
そこには本「ミコト計画」の終了通知が来ていた。
自我を持ち感情を理解できるAIの複製が出来ないのであれば要求に対しての結果が出ないと同じだった。
そして斎藤はこの国の「人類デジタル化計画」の問題にも慌ててその危険性を取りまとめ提出もした。
量子コンピューターの疑似空間でアバターになり永遠にその生涯をその世界で生きていくと言う思想。
しかし結局生物は生物でありいくら量子コンピューターなどと言うモノが人間をゆうに超える演算で作り上げた疑似世界でもその中でデーターとして生きていくことは困難であると思い知らされる。
量子コンピューターの中に存在するその人物は「人」ではなく単なるその人のデーターに成り下がってしまうと言う事だ。
そして元の生態はデーターを引き抜いた時点でその人物は廃人となり脳内ニューロンが電気信号の往来を止め「脳死」という状態に陥ってしまう。
ー 我思うゆえに我あり ー
最近読み始めた哲学の本の一節が頭をよぎる。
「これでも技術者の端くれなんだがな‥‥‥」
斎藤はそう言いながら机の上に置かれている哲学の本を取りあげるのだった。
* * * * *
「幽霊? それは人間が信じる未確認情報から来る迷信の事ですか?」
「いやいやいや、私はそう言った観測しきれていないものも存在するのじゃないかと思うのよ」
食堂でエヴァはオカルト雑誌を読みながらプリンを口に運ぶ。
それをミコトはテーブルをはさんだ相向かいから見ながらため息をつく。
そしてスプーンを宙に持ち上げくるくると回しながらエヴァに聞く。
「観測されていないとして、その幽霊には自我や意思があると言うのですか? 稼働するハードも無い状態でプログラムだけが稼働するような事が有り得るのですか?」
「分からないわよ? そう言った不思議な力が観測されていないだけで実在するかもしれないでしょ?」
ミコトはこの科学者と言う肩書があるはずの人物を見てその思考パターンがいつも通り不条理である事に諦める。
エヴァは科学で実証できない与太話をよくする。
―― 目に見えないもの、聞こえないはずのものが聞こえる時はこの身体が疲労している時に起こる記憶のラグ‥‥‥ ――
ミコトはいつもそう思うようにしている。
何故なら最近更にあの声が、そして見えないはずのものが見える時があったからだ。
―― 来たれ聖女よ! ――
あの幻聴が最近は更に頻繁に聞こえる。
そして目を閉じると見た事の無いかなり文明的に遅れた場所のイメージが見える時がある。
「甘いものは脳の疲れを回復させるのでしたね? もう一つプリンを要求します」
「ミコト! 良いわね、じゃあ私も!!」
エヴァはそう言いながら自販機でまたプリンの購入をする。
既にエヴァは三個目だと言うのに、あれでは過剰カロリー摂取で太ってしまうだろうに、そうミコトが思った時だった。
『来たれ聖女よ!!』
まるで耳元でその声が聞こえたかのように感じた瞬間ミコトの足元に光り輝く魔法陣が現れる。
何事が起ったのか理解できぬまま驚きに立ち上がるがその瞬間すべてが光に包まれる。
ミコトが最後に聞いたのはエヴァの慌てる叫び声だった。
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