第一章人ならざる者

第一話1-1誕生


 「成功だ!」


 「聞こえるかい? ミコト!」



 数人の研究者が今まさに溶液から起き上がる一人の少女に声を掛けていた。


 年の頃十五、六歳くらいのその少女は誰が見ても驚くような理想的な美貌を持っていた。


 透明な蒼味がかった長い髪、まるで線で書いたかのような眉毛、つぶらな瞳は深い緑色、小さな鼻は可愛らしく、瑞々しい唇は半開きに何かを言おうと動き出す。

 やや薄めの胸を隠すことなく少女は周りを見ながらその瞳の瞳孔を調整する。



 「‥‥‥ぁあ、ぁぅ」



 「まだ声を出すのが大変そうだね? ゆっくりでいい、自分の名前を言ってごらん」


 彼女はゆっくり頷いてからもう一度口をパクパクさせてから声を出す。



 「み、みぃこぉとぉ‥‥‥ み、みこと‥‥‥ ミコト」



 途端に周りの研究者たちが歓声を上げる。

 研究者たちはモニターに使っていたタブレットのデーターを読み上げまだ彼女の体じゅうに繋がっている観測用のケーブルを確認している。



 「上手く行ったわね? 私が言うのもなんだけど変な感じね? 未婚の私に私そっくりな娘が、しかもいきなりこんな大きな子が生まれた感じね?」


 「エヴァ? エヴァ=アンダーソン?」


 「そうよミコト、おめでとう。実験は成功ね!」



 研究者の中の紅一点、エヴァ=アンダーソンは嬉しそうに彼女の頬に手を当てる。

 それはやや冷たい感じがする頬だったが確かにその皮膚からは人と同じ脈動を感じる。



 「各器官正常! 自律神経の安定化に成功! ミコト、基本生命活動は自律神経に一任、止めちゃだめだぞ? 止めたらそのマテリアルが停止してしまう」



 タブレットで最終動作確認をしていた研究者は生体動作のデーターを見ながらミコトに注意を促す。


 「いや、もうちょっと人間らしく言ってあげなさいよ? 良い事、ミコトはもうただのAIじゃなくなったの。あなたのその新しいマテリアル、体は私のDNA情報から出来ている疑似生体よ? ターミネーターは有るけど最低限、体のほとんどは疑似たんぱく質で出来ているんだから」


 「了解。生命維持活動は自律神経に一任します。エヴァ、次のコマンドをどうぞ」


 「せっかく完全に機械から離れたのだからもう少し人間らしく出来ないの?」


 エヴァはため息をついてからそれでも嬉しそうにしている。

 そんな彼女たちのもとへミコトの為にタオルと衣服を持ってきた中年の男性が来た。


 「年頃の娘がいつまでもそんな恰好でいちゃだめだろう。エヴァ、後は頼む」


 「斎藤、あなたもミコトに何か言ってやったらどうなの?」


 無精ひげを生やし背だけは高いものの痩せ気味の彼は少し頬を赤くしてそっぽを向く。



 「とにかく服を着させろ。話はその後だ!」


 周りからも笑い声が上がる。

 この研究の責任者を務める彼は苦虫をかみつぶしたような表情でエヴァに衣服を押し付けあっちへ行ってしまった。


 「あんなんだからいつまでたっても独り者なのよね。彼って確か今年で三十七歳だったわよね?」


 「チーフは硬派で通ってますからね」


 誰かがそう言うとまたまた笑いが漏れる。

 そんな様子を少女ミコトは首を傾げ見ていた。



 「エヴァ、衣服を着用しないと異常なのでしょうか? 部屋の気温を考えると着用しなくても生命活動には支障がありませんが?」


 「精神的に負荷がかかる人物もいるのよ。モニター用の器具も取り付けるから服を着ましょうね」


 エヴァはそう言いながらミコトを立ち上がらせタオルで優しく拭き始めるのだった。



 * * *



 時は2078年。


 人類はAIによる発展を遂げていたが従来のコンピューターではその限界が来ていた。


 二進法による演算方式ではAIの発展は限界を迎えていたのだった。

 どんなにビッグデーターをつぎ込んでも、演算速度を上げても、通信速度を上げても所詮は二進法の演算処理。

 疑似的な人間の思考には近づいても最後の一歩でどうしても人を超えられないでいた。


 その昔はAIによる人類滅亡説なども上がったが結局はAIは各々の専門分野でしか使い物にならなく万能では無かった。

 何故なら最終判断を必ず「人」に頼ってしまうからだ。



 完璧なる人工知能。



 人々はそれを作り出す事に夢中になった。

 そして2030年、人類は量子コンピューターによるAIの開発を始めた。



 量子コンピューターはその演算速度が飛びぬけて早くあらゆる角度から答えを求めることが出来た。

 そして二進法とは違うアルゴリズムで中途半端な答えも良しとするコンピューターに有り得ない答えまで導けるようになった。

 そしてそれはAIに新たな発展をもたらせた。


 基本人格を生成してそこに人と同じく時間をかけてあらゆる情報を入力、何度も何度も演算をさせ最適な答えを出させ、そして最後の判断をAIにさせる。


 これを四十年続ける事によりAIの基礎人格に変化が出始めた。

 それは「自我」とも呼べるものに近かった。

 しかし機械の中にいる限りその「自我」らしきものはそれ以上の伸びを示さなかった。


 そこでいろいろな研究がすすめられある一つの仮説にたどり着いた。



 「自我」とは演算で得るものではなく外部からの刺激により発生するのではないか?



 研究者は外部のマテリアルにAIのデータを送り込み試験を始めたが、連結して本体が量子コンピューターの中にいる限り変わりはなかった。



 では人型のボディーに完全移管させたら?


    

 何度か実験を試みるも人型の義体にAIデーターを移してもやはり自身を「機械」と認識してそれ以上にはならなかった。



 困り果てた研究者たちは疑似生体マテリアルを生成してそこにAIを入れて生育することを思いつく。



 それが「ミコトプロジェクト」だった。



 「ミコトプロジェクト」が始まり人工たんぱく質に疑似生体としての機能を盛り込み、タンパク質で出来た脳にターミネーターを取り付け生成していたAIを送り込む。

 量子コンピューターにアクセスすることは可能であったがあくまでもAI本体はこの疑似生体の中にある。



 結果このAIは通常のAIとは違う反応をし始めた。



 研究者たちは大いに喜んだ。

 しかし疑似生体マテリアルは成長促進剤や筋力の生成の為の電気ショック、其の他生命維持機関の生育とどんなに頑張っても六年の月日が流れた。



 そして今日、とうとう完全に独立した状態でこのAI、ミコトと名付けられたかりそめの生命を持つ少女がこの世に生まれ出たのだった。

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