第12話 サスペンスは突然に

 「えー!!ヤーダよっ!すっごく面白いことやってたんだよこの人間。思わず、車を停めて見入っちゃたくらいだ!それに、放っておいたら死ぬところをもう助けちゃったからねぇ」

 テヘ⭐︎っと器用にウインクをする九官鳥に、スンっと顔の表情がなくなる。

 「…何を見入っちゃったの?面白いことをやってて死にかけるって、命知らずのバカなの?そんなの放っておきなよ…危険な事ほど興奮する人って際限なく過激になっていくから、今回生き延びてもまたやるよ?助ける意味あるの?」

 個人的には、失敗したら死ぬような危険なチャレンジを達成したら、こいつヤバイなとしか思えない。別に感動もしないし、共感もできないのだ…

関わらない方がいいに決まっている。と眉を顰めると、ギンちゃんはそうじゃないと言う

 「襲われてたんだよねぇ男たちにさぁ〜そんで、崖から飛び降りたの。飛び降りる瞬間にかっこよくビシッと啖呵切ってバッって!崖下が川で辛うじて生きてたから拾ったんだよ。まだ死んでないけど、マスターが治療しないとコレ死ぬなって思って連絡したんだ」

 「どこが面白いの?!」

 「なんか2時間サスペンスの導入部分を見てしまった!て感じさぁ、続きが気になってついな!コレは飛び降りた女が生き延びて復讐する物語だと思ってよ。手ぇ貸してみた」

 予想の斜め上をいく理由に目眩がする。

 天野君もヤベェなって呟いている。

 「とにかく早く来ておくれよ。この女が生きてないとドラマが盛り上がらないって!ホラっ!ハリーアップ!」

 「自分好みのサスペンスの為に人の命を弄んではいけません!ってもう助けちゃったんだもんな…」

 仕方なくギンちゃんの元に転移すると、流れの速い川の端に辛うじて引っかかる様に傷だらけの女性がうつ伏せに倒れている。


 うむ、まずこの高さの崖から飛び降りて即死しないなんて随分頑丈なんだな…ガッツがあるね。


 女性を川から引き上げて崖上に移動してから治癒をかけると、今にも止まりそうな呼吸も安定し真っ青だった顔にも血の気が戻った。濡れた服も乾かせしてこのまま自然に目が覚めるのを待つ間にギンちゃんへの事情聴取を開始する。

 「ギンちゃん…助けたって言うのあれ?引っ掛けただけじゃん」

 「しょうがないだろ?私はナビ聖霊だよ?車の運転はまさに聖霊一だけど、人助けなんて本来、私の仕事じゃないさね。車の維持神力まで使ったんだから褒めておくれよ」

 「自分都合じゃん!彼女はドラマの役者じゃないよ?ギンちゃんが面白がる為に手を出しちゃダメだよ!え?もしかして今までもこんな事やってたの?」

 怖い想像に身がすくみギンちゃんから一歩距離を取る。

 「まさか!そんな事はしやしないよ!逆だよっ彼女は私に助けられ復讐を果たす運命だったのさ。だから問題ないねっ」

 堂々と胸を張る九官鳥の屁理屈と勢いにのまれ理解が追いつかない。

 「え?何を言ってるのか、わからないんだけど」

 「何だよ主!崖、飛び降り、生き延びた女性、ときたら物語は始まってるんだよ!ドロドロの復讐劇は通りすがりの名探偵が推理して犯人を捕まえるまで終わらないんだよ!」

 え?天野君、君ひいてたんじゃなくって、この展開に興奮してヤベェって言ったの?

 「天野!わかってるじゃん!この名探偵ギンちゃんが華麗に連続殺人事件を解決するまで犯人の復讐の犯行は止まらないのさっ」

 グッとお互いに親指を立てる仕草をして高笑いをしだす聖霊たちに驚愕する。

 「本当に何言ってんの?!復讐って?連続殺人?いやその前にこの女性が犯人になるならここで説得して復讐をやめさせなよ!」

 至極真っ当な意見に対して、二匹はチッチッチと首と人差し指を振りわかってないな〜と呆れた。

 解せぬ。

 「往年の名探偵は犯行が全て終わってから無駄に犯罪をあばくのが仕事なんだよ。そんで、犯人に自殺されるの!セオリー無視したらダメなんだぞ?」

 「うん?あれ?言われてみるとそうだけど、なんか違くない?」

 「とにかく!命が助かったこの女の復讐劇をこっそり見守ってさぁ、最後にバァーンってこの名探偵ギンちゃんが華麗に事件を解決すればいいんだよ!女が気がついたら、マスター後は頼んだよ。うまく誘導しておくれよ」

 ワクワクしながら今後の展開を話し合う二匹に頭を抱える。このままトンズラしたいのに、理性がここで逃げれば更に酷いことになると告げている。何せ彼らはやる気だ。

 何とかせねば、二匹の都合で無意味に人命が奪われ、女性が殺人鬼にされてしまう。


 苦渋の決断のすえ、俺は自分の姿を平凡な男に変え、準備を整えて通りすがりの親切な冒険者Aとなった…


 ♢♢♢


 何だか話し声聞こえる…

 慌てたような男の人の声に時折、意識が引っ張られ、時間がかかるが深い眠りから覚めるようにゆっくりと瞼が開いていく。


 硬い地面に横になっていた為、体が痛いが、何故こんな場所で寝ているのだろうか?意識がハッキリしてくると記憶も徐々に鮮明になり、ガバッと起き上がる。全身を触り、生きているどころか、どこも怪我をしていないことに一瞬全ての出来事が悪い夢を見ていただけかと錯覚する。

 「私、どうして無事なの?」

 強烈な憎しみと怒りを抱いて飛び降りて、全身を叩きつけられる痛みを確かに感じたはずなのにと混乱していると、何処から男の人が現れ、気がつきましたか?と柔らかい声で問いかけられた。

 コレといった特徴のない平凡な容姿に少し野暮ったい冒険者風の格好だが、こちらを気遣う目にはハッキリと知性を感じる。ただの村人ではなく、それなりに学があるのだろう。

 「あの…私を貴方が助けてくれたんですか?」

 崖下の激流に流された自分をこの男は一体どうやって助けたのか、常識的に考えて不可能のはずだ。

 「助けたとは?いえいえ違います。俺はこの辺りの薬草採取に来ていただけで、ここに寝ていた貴方を見つけただけです。寧ろなんでこんな所で寝ているんですか?たまに魔物もでるし危険な獣もいますので危険ですよ?」

 心底、不思議そうに問いかけられて、事情がわからない人から見ると森の地面で熟睡している危ない女という状況に恥ずかしくなる。

 「違うんです。昼寝をしていた訳ではなくて!…襲われたんです!男達に!それで貴方が助けてくれたのでは?と思っただけです」

 「そうなんですね。よく無事でしたね?この辺には野盗もいますし、女性一人でいるのはおすすめできませんよ。よかったら近くの町まで送りましょうか?今からだと2、3日はかかりますけどね」

 親切な申し入れを有り難く受け入れ、街まで護衛してもらうことにする。彼はジョンと名乗り流れの冒険者で国中を旅していると話してくれた。

 

 ジョンは、歩くペースをゆっくりめにして小まめに休憩を挟み、こちらの体力と気力を気遣ってくれたので、思いの外順調に歩を進めることができた。

 彼にこの森で起きた事を覚えている限り話すと、初対面の男を緊急時とは言え、簡単に信用してはいけないと忠告してくれたが、彼が悪人なら私はとっくに身ぐるみ剥がれてその場で捨て置かれていただろう。

 「貴女が命を取り留めたのは、精霊のおかげかもしれませね」

 「精霊ですか?聞いたことありませんが…」

 「森に魔物がいるなら、精霊もいても別におかしくないですよ。気まぐれに命を救ったのでは?」

 確かに、魔が存在するなら聖なるものが森に存在していても不思議ではない、人があの状態の自分を助けたと言われるより違和感はない。御伽噺の妖精などは悪戯好きとも言われているし、単なる気まぐれによって自分は救われたのかもしれない。一度は諦めた命だが、こうして生きているのだから、その奇跡に感謝し精一杯生きるだけだ。その為にも、元凶に立ち向かわなければいけない。

 殺したいほど憎まれているとわかれば、気が重くなるし、その理不尽な悪意に収まっていた怒りがぶり返す。

 「命を狙われる心当たりがあるんですね?」

 ジョンの問いかけに、ハッキリと頷く。

 「私、アルノ国、王太子の側妃なの。黒幕は王太子妃ね。私が王太子の息子を産み、その子が寵愛されてるのが、気に入らないのね」

 ジョンが目を丸くして、凝視しているのを感じるが、気にせず胸に溜まった不満をブチまける。

 「元々は後継者を産めない王太子妃の願いで即妃になったのに理不尽だわ。王太子が心を寄せないように私を選んだって知ってたし、私自身も期待してなかったのに、思いの外愛してくださったわ」


 流れの冒険者ならしがらみも無いので国の微妙な話もついつい聞いてもらいたくなり口が軽くなる。

 

 王太子夫婦は王太子妃が7才年上の姉さん女房だ。アルノ国の侯爵家の娘として幼い頃からしっかりとした教育を受けてきた賢女で、王太子が成人した15歳の時に結婚された。それから既に15年の歳月が過ぎたが、夫婦仲は悪くないが彼らにお世継ぎはいない。

 3年前の二度目の流産の後、医師から子は望めないと宣告された王太子妃は、自ら王と王太子を説得し自分の侍女の中から即妃を選んだのだ。

 とりわけ容姿がいいわけでもなく、実家に権力があるでもない女を王太子にあてがったのは、即妃と言っても愛も権力も与えず、ただお世継ぎを産む女としてしか見てなかったからだろう。実際、王太子の愛を求めるなと釘を刺されたし、王太子妃というプライドから即妃を選びはしたが、目には抑えきれない嫉妬が滲んでいた。賢妃と讃えられていても逃れられないものなのだなと冷静に受け止めたのを覚えている。

 女としての平凡な幸せは諦めたが、王太子は取り柄のない私に対して過分に優しさと愛をくれた。こんな立場にしてすまないが、子を産んでくれて本当に嬉しいと生まれて初めて息子を抱きしめた時の微笑みが忘れられない。

 今回のことの始まりは、実家の母が病で倒れ明日としれないと連絡が来たことだ。すぐに見舞いに帰りなさいと王太子妃から言われたので不審に思ったが拒否するわけにもいかず、ほぼ身一つで城から出され、唯一の後継者の息子は置いていくよう言明され王太子妃に奪われた時から不安の芽はムクムクと育っていった。

 そして森に入ってからの襲撃だ。着いてきた侍女は王太子妃の手先のようだが、護衛の衛士達の命は無惨にも奪われたと思えば申し訳なさに泣きたくなる。


 「ひ、昼ドラかよッ…」


 


 

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