第11話 何でも拾ってはいけません

 はぁ、はぁ、静寂の中で自分の荒い呼吸のみが耳を打つ。斬られた右腕から血が滴り落ち、痛みと傷を負った苛立ちに思わず呻き声がでてしまう。

 自分を逃すために、別方向へわざと音を立てて逃げた侍女は果たして無事だろうか?護衛達は?いつかは命を狙われるかもと、一抹の不安は持っていたが、こんなに早く事を起こすなんて予想外だ。何としてでも生き延びなければ、幼い息子の命も危ない。あの子を守れるのは自分しかいないのだ。

 なるべく音をたてないように、ゆっくりと移動するが、闇雲に逃げたので現在地がわからない。

 深い森の中で味方もいない状況、1人で逃げていることに悔しいが、恐怖を感じながら、しばらく進むと近くに川があるのか、水が激しく流れる音が聞こえてきた。

 後ろの方から、ガチャガチャと数人が乱暴に走っている足音が聞こえ、慌てて動きを止め木の影に隠れ様子を伺う。

 「いたか?」

 「いや、内通者の侍女とは逆方向に逃げたならこっち側にいるはずだ。そう遠くへは行ってないはずだから、さっさと手分けして探し出して首を持って帰るぞ」

 「ああ、この先は崖だ。逃げ道を塞ぐように追い込めばいいだろう」

 「ったく、どうせ殺されるんだから手をかけさせるなよなぁ」

 ガサガサと数人が枝葉をかき分ける音と男達の無慈悲な言葉が聞こえて、信じていた者の裏切りを知り、心臓が激しく胸を打ち、怒りで思考が赤く染まる。

 どうする…このままでは悔しいが、逃げられない。利き手を怪我した自分が戦って男達に勝てる見込みはあるのか、怒りを必死に堪えて状況を冷静に判断しなくては生き延びることはできないのに考える時間もない。

 自分を探す男達の気配がすぐそこに近づいてくるのを感じ、覚悟を決めて走り出す。

 「いたぞ!逃すな」

 迫る剣を何とか躱しながら走るが、無慈悲にも切り立った崖に行くてを遮られる。寧ろ、崖の存在を知っていた男たちが、狩を楽しむかのようにわざと誘導したことに気がついて、唇を噛み締める。

 崖の間は人間が飛び越えるには距離がありすぎるし、十数メートル下では激しく水が流れていて、落ちたら即死はしなくても溺れ死にそうだ。

 こうなったらただで殺されてやるつもりはない。敵にそれなりのダメージを与えてやろうと追っ手を振り返り剣を構える。

 「鬼ごっこはお終いかい?別にアンタに怨みはねぇけど、これも仕事だ。せめて苦しまないように一思いに殺してやるから感謝してあの世に行ってくれよ」

 ニヤニヤしながら、勝手なことをほざく男に、死の恐怖より怒りが勝る。湧き出る怒りを視線に込めて睨みつけてから剣を下ろし艶やかに微笑んで見せる。

 「私の首が欲しいんでしょ?でも、お生憎様、貴方達に渡せるほど、安くないのよ。私はここで死ぬのでしょうけど、必ず復讐してやるから覚悟しておきなさい。誰一人逃しはしないわ。依頼人にもちゃんと伝えてね。お恨み申し上げますって!では、ご機嫌よう!」

 微笑みながら崖へ身を投げ、焦ったように怒鳴り散らし手を伸ばしてくる男達に笑いが込み上げてくる。私の首を所望した様だけど、これで手出しはできないでしょ?残念でした。


 ごめんなさい…可愛い子、貴方をおいて死ぬ母を許して…。

 水面に叩きつけられる瞬間に脳裏に浮かんだ最愛の息子の顔に涙が溢れ出す。それを最後に衝撃で意識が飛んだ。


 

 「クソッ!あのアマ飛び降りやがった!これじゃ首を持って帰れねぇぞ!」

 「この高さから女が飛び降りたらまず助からない。死体はないが、結果は同じだろ?」

 「それで依頼人が納得してくれたらいいけどな!死んだ証拠として絶対に首を持ってこいって言うくらいだぞ?下手したら残りの依頼料はもらえねぇぞ」

 苛立った男達が、互いに失敗の原因をなすりつけ合いながら面倒くさそうにその場を去って行った。


 その全貌を一羽の九官鳥が目を爛々に輝かせワクワクしながら見ていたことを彼らは誰一人気づくことがなかった。


 

 ♢♢♢


  今日も朝の軍事訓練…もとい、ハスキー達との全力散歩から戻ってきたら、珍しく天野君がロビーで俺を出迎えてくれた。

 「アレ?天野君おはよう。珍しいね?朝から部屋の外にいるなんて」

 「おかえり〜いやな?主たちが訓練に出かけて暫くしてから、ビービー呼び出し音が鳴ってうるさくてな…」

 天野君がギュッと顔を顰め上を見上げる。

 「…散歩だもん。呼び出し?誰から?」

 「誰って、ギンちゃんだよ。戻ったら直ぐに連絡くれだって」

 現在どこかを爆走しているだろう走り屋からは今まで一切連絡がなかったので、正直彼女のことは頭になかったので驚いた。思わぬ名前を聞き目が点になる。

 「え?ギンちゃん通信できたの?彼女メテウスを一周するまでは帰る気ないんだろうって放っておいたけど、どうしたんだろう」

 天野君を肩に乗せ、2階にある通信機器やでっかいモニターが設置さた通称、参謀室(サマル君命名)に向かう。

 ここには、メテウス全体の立体地図があり、どこでも好きに様子が伺える。場所の詳細がわかる方が転移に都合がいいので、みんなで暇つぶしに地図をいじって遊んでいた。

 俺たちの拠点のある森は地球でいえばアメリカ合衆国並みの広さがあり、森だけでほぼ大陸を埋め尽くしている。かつて、勇者と聖女が支配していた大国があった場所らしく、滅びた後は、魔素が濃すぎて魔物が蔓延り、魔力のある動植物が支配する森の為、人が住める環境ではないなくなった。メテウス神による大国破壊行為を生き延びた人々は、ここ以外の大陸へ移動し国を造り生活をしているのだ。この森は侵略不可条約で結ばれどの国も手出しはできない。ただ、森には珍しい動植物の素材や薬草を求めて冒険者が来たり、国を追われた者達が森の端に集落をいくつか作って暮らしている。森の浅瀬は準備をしっかりすれば比較的安全に探索できるからだ。

 俺は毎日せっせと浄化しているが、広すぎるので、まだ人々はその恩恵は受けていないだろう。


 ギンちゃんへ連絡を取るために彼女が現在どこにいるのか、地図で確認してみると、丁度俺たちのいる場所の裏側にある大陸でメテウスを半周したところだった。


 おおう…ずいぶん遠いとこまでいってらっしゃるのですね…


 ここを飛び出してから、一切連絡してこなかった暴れ九官鳥が何故なにゆえ連絡をしてきたのか、気が重いが無視をするわけにはいかず、渋々通信機を手に取る。


 待ってましたとばかりに、ギンちゃんが出てハイテンションで挨拶をしてくれた。

 「ハーイ!マスター久しぶりだねぇ〜ギンちゃんだよ!」

 「…ハーイ、ギンちゃん元気そうだね?連絡くれたみたいだけど、どうしたの?」

 カメラ越しにドアップの九官鳥に軽く手を挙げて挨拶すると、キラキラした目で知りたいかい?と問いかけられた。

 嫌な予感がする…

 「何したの?」

 「うふふのふ。拾った!」

 「ダメです。元の場所に返してらっしゃい」


 真顔で咄嗟に反対したよね…




 

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