第8話 キュルンな瞳は勇者に震える

 未だ、ギンちゃんショックから抜け出せていないのに魔物は待っちゃくれない。

 もう少し休ませて欲しいが、生憎休憩所として使用していたキャンピングカーは、現在何処かを爆走中だし、別の物をカタログから取り寄て、またあんな聖霊付きだった場合、体はともかく心が休むに休めないので、ここは諦めてせっせと魔物を退治する。

 鬱陶しい小蝿を払う様に倒して行き、魔物を生み出している元凶の魔素溜まりである大きめな池になんとか辿り着いたので、まずは浄化する為に、じっくり観察しているとドス黒く濁り、不快な匂いを放つ池の水がコポっと泡を吐き、中から真っ黒なオオカミの魔物が生まれ出された瞬間を目撃してしまった。

 「おおう…早く浄化しないと無限に湧き出てくるな…」

 生み出されたばかりの魔物を瞬間的に排除して、池を結界で囲む。

 汚れた排水口を隅々まで綺麗に掃除をするイメージを池に直接ぶち込んで、ついでに辺りに充満した不快な匂いを換気扇で吸い込んで飛ばすように神力を放つ。

 みるみるうちに池の水が透き通り、清々しい空気に満ちていくのを浄化完了と満足気に見やっていると、目を覚ました時に、頭のコブは何処でぶつけてできたんだろう?と軽い記憶喪失になって困惑していた天野君が俺の知ってる浄化と違う気がすると呟いて首を捻ったが、気にしない。

 これでこの場所からは新たに魔物が生み出されることがないので、既に生み出された魔物を見つけたら退治すればいいだけだ。

 

 ここに拠点を作ったら、あちこち見て回る予定。魔物が生み出されていた池を利用するのは心理的には気が進まないが、この池は魔素が濃いので、俺の神力の補充になるので我慢してこれで良しとする!

 「天野君、拠点となる建物はどれにしようか?」

 池のほとりに座り込みカタログを捲るが、載ってるのが軒並みヨーロッパ風の城や大きな日本家屋で元一般市民としては縁がなさすぎて少しビビってしまう。

 天野君と建物自体の大きさも考慮し熟考後決定、場所の選定もあーでもないこーでもないと、相談していると、視界に三匹のシマリス入ってくる。

 威嚇するように前歯を剥き出しにしてちょっと前屈みでおう、おう、おう!と甲高い子供の声で威勢よく絡んできたのでとりあえず様子見。

 「おう!にいちゃんよ、オメェ誰の許可取って此処にいやがんでぃ!この辺りは俺たち『リスメンバ』の縄張りだって死らねぇのか?」

 「………?」

 「ワッハッハ、森の悪鬼と恐れられた『リスメンバ』をを知らないとは言わせないぞ!魔物が蔓延るこの地を根城にしている泣く子が笑う小悪魔達だぞ!」

 「此処にいたけりゃ、場所代払いな!胡桃を30キロ所望するぜ」

 代わりがわり凄んでくるシマリスに無言で俺と天野君の首が揃って左に傾く。

 泣く子が笑うってバカにされてないかな?


 反応が薄い俺たちにシマリスがちょっと慌てたように集まってコソコソ相談しだした。

 「かんちゃん30キロって吹っ掛け過ぎじゃない?」

 「やっぱそうかな?少しまけた方がいいか?28キロならどうだ?」

 「…変わってないよ」

 「何だと?2キロもまけてやるんだぞ?それで納得しないなんてそんなの我儘じゃないか?」

 聞こえてくる内容に思わず、眉間に手を添え緩く首を振る。このおバカ具合はリスだからなのか?それともコイツらだからなのか?そうこうしている内に力尽くで胡桃を俺たちから手に入れる事に多数決で決まったらしく、三匹が揃って覚悟しな!とビシッと指差してきた。

 どんな攻撃をしてくるのかと、ジッと見つめていると三匹はキュルンとthe愛らしいポーズをくり出してきた。

 「…えっと、それで?」

 今度は右に首を傾けながら問いかけると、三匹は恐怖に駆られたように、目を見開き固まった。

 沈黙が辺りを包み、お互いがジッと見つめ合う。数十秒後シマリス達がギャーギャー騒ぎながら周りの木に駆け上がったり、降りたりと忙しなくクルクル周り始めた。

 「ヤバイぞ!俺たちの必殺技、キュルりん愛らしさが通じないとは、コイツはきっと心が死んでる本物の勇者だぞ!」

 「嘘!どうしよう…殺されちゃうよ本物の大悪党、悪の中の悪の勇者!?オレたち一族もろとも皆殺しにされちゃうの?」

 「神に討伐されたんじゃないのか!?復活しちゃったのか!?ま、まさか聖女も何処かに?あああお終いだ、もうお終いだー世界は滅ぼされる!」

 

 …俺の知ってる物語の勇者と扱いが違う。正義の味方の筈が、悪の魔王の様に語り継がれているのに頬が引き攣る。

 肩にいる勇者と聖女をこの世界に召喚させるきっかけを作った粗忽な元死神に視線を移せば、冷汗をかきながら明後日の方向に視線を飛ばし下手な口笛を吹いている。

 

 勇者に怯え強硬状態に陥ったシマリス達を自分は勇者ではないと小一時間ほど説得し、何とか落ち着かせるが、未だ警戒を解かない小動物にプルプルされながら、疑惑の目で見られるのは、胸にくるもんがある。

 「ほんとに絶対勇者じゃないんだな?嘘だったら集めた胡桃を何処にしまったか忘れる魔法をかけるぞ!」

 「かんちゃん!それは禁術にしたじゃん!危険すぎる魔法を使うなんてダメだよ」

 「わかってる…オレが天才すぎて魔法を制御できないからオレ自身もたまに掛かっちまうから禁術にしたが、男にはやるしかない時だってあるんだ!」

 「かんちゃん!!この冬にその魔法に掛かって危なく餓死しそうになったのに!」

 …うん、その映像ネットニュースで見た事あるかな…魔法じゃなくておバカなだけだよね?生暖かい笑みを浮かべシマリスを見やる。

 「本当に勇者じゃないから安心して?禁術なら使っちゃダメだよ?それにしても君達勇者なんてどこで知ったの?勇者がいたのなんて二千年ぐらい前でしょ?」

 疑惑の目を向けながらも、質問すれば逃げずに答えてくれる。

 「…勇者という超危険人物が暴れていたのを群れの長老のひいひいひいひいひいじいさんが実際に見てて、そのあまりのヤバさに群れだけでなく種族全体で語り継いでるんだよ」

 「かんちゃん違うよ。ひいひいひいひいひいひいじい様だよ」

 「え?オレそう言わなかった?」

 「どっちでもいいかな…俺、ここで喋る動物に初めて会ったけど、ここら辺の動物はみんな言葉がわかるの?」

 喋るモモンガこと、天野君に慣れちゃってスルーしてたけど、動物って喋らないんだった。この子達の知能はちょっと残念な気もするが、会話ができるのは楽しいので他の動物達ともおしゃべりできたらいいな。

 「何だオメェ、本当にこの森の新入りなのかよ?この森の動物が喋るのなんて当たり前だろ?」

 「うん。数日前に来たばっかりで魔物以外で会ったのは、君達だけだしね」

 「ちっ、ならしょうがねぇな新入りに森の掟を教えてやるのも先輩の役目ってヤツだし今回は大目に見てやるから感謝しろよ?」

 偉そうに胸を張るシマリスによろしくねと小さな手と握手する。

 とりあえず当初の予定通り拠点を建てる事にした。ダメだと言われても強行突破しちゃうけど礼儀として一応話はしておく。

 「ごめんね?新入りだけど、此処に俺の家を建てるね?シマリス君達もいていいから許してね?」

 「ここに家を建てるだと?お前正気か?ここは魔物が湧き出る池だぞ?すぐに襲われて死んじまうぞ?」

 「そうだよ!ここから生まれる魔物は強くて危険なんだよ?別の所にしなよ!」

 「アレ?でもさっきから魔物に会わないね?」

 三匹がハッとして辺りを見渡し、池が清々しく生まれ変わっているのに驚愕している。気がついてなかったらしい…

 「ど、どうなってやがる!?」

 「池の水が透き通ってるよー!」

 「嫌な匂いもしないよ!」

 池に突進し、わーきゃー騒がしくしているので放っておいて、今のうちに少し移動して周りの大木を伐採してスペースを開け、その場所に目星をつけていた、ヨーロッパ風の城をチョイスし魔法陣に神力を流す。

 現れたのは、ドイツのノイシュヴァン○タイン城をモチーフにして改良した美しい城で、圧倒的建築美を放っている。

 「はぁ〜凄すぎない?大きさといい、美しさといい…もしかしてドイツまで見学に行って修行してきたのかな?」

 大騒ぎしていたシマリス達が突然現れた城に驚いたらしく、恐る恐る俺の足下に集まり小さな手でキュっとパンツの裾を掴んでくる。

 「オイ…どうなってやがる…このでかいのは何処から来たんだ?空からか?」

 

 俺が何かを答える前に、城の入口が開き中から三匹のハスキー犬と一匹の黒猫が出てきて、俺の前にキチンとお座りした。

 

 目を瞑って天を仰ぎ、深呼吸を数回繰り返して、気を落ち着かせる。

 ……いきなり四匹の聖霊とは、中々ハードですな!

 

 

 

 

 

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