第2話 異世界の事情

 篁さんは、本当に申し訳なさそうに少し頭を下げてから、しっかりした口調で説明を開始したので、俺も気合を入れて話を聞く。

 何せこれからの俺の人生がかかっているし、不利な契約をしないためにもきちんと理解しなければ、もう死んだけど死にきれない。


 「ではその件ですが、まず、神々が管理している地域はこの宇宙だけではありません。他の次元でも星々で担当神がおり魂の管理をしております。」

 

 この展開知ってる〜読んだことある〜

 「それって俺に異世界転生してみませんか?って話になります?チートをモリモリつけてくれるやつで最近ライトノベルとかで流行ってるやつ」


 俺の頭に数多くのweb発祥の小説本の内容が浮かんでは消えていく。


 「そうですね。いえまぁ、似て非なる物ですが、大体はそんな感じと思っていただければわかりやすいですかね?」


 篁さんはウンウン唸りながら肯定しつつ否定をしてくる。


 「似て非なる物?」


 「はい。まず真様は召喚で次元を渡るわけではありませんし、その星の人類として転生していただくわけでもありません。」


 「え?人類ではないって、幼児からってのも辛いけど、動物とかはちょっと困るな…」


 「いえいえ、勿論姿形は人で構いませんが、神として異世界に行って頂きたいのです。」

 もはや人間では無い存在になるなんて思いもよらず、若干胡散臭く感じるのは俺が捻くれているからだろうか?

 「神ね〜そんなの一般人の俺には到底無理だと思うんだけどな…」


 「そう自覚していらっしゃるのは、やはり見込みがあります。というのも彼の地は地球人の異世界転生のせいで滅亡の危機に瀕したことがあり現在、担当神が力を消耗しすぎて深い眠りについているのですよ」


 篁さんは困ったもんだというように首を振り肩を少し窄めるが、思ってたのと違う事情に俺の目は点になる。

 

 「どういう状況ですか?それは?」


 「数年前に真様に対してと同様なミスを死神がいたしまして、その時の被害者は積極的に異世界転生を望みました。真様とは違い本来の身体も五体満足でしたから、生き返らせるのが手っ取り早いんですが、それは絶対嫌だと駄々をこねまして、丁度助力を願われた彼の地へ勇者と聖女として召喚されて行く事になったんです」


 「…積極的はヤバイでしょ…ヒャッハーってやらかしたんですね…その勇者と聖女とやらは…」


 「それはもう!与えられた能力で好き放題した挙げ句の果てに勇者と聖女で戦争を始めてしまって、もう死星一歩手前です。物事全てを自分達に都合の良い方に解釈し、世界を文字通り力づくで支配していったんです。恐怖が蔓延し魔力は澱みました。担当神は怒り心頭で何とか勇者と聖女を討伐しましたが、力を使い果たし既に彼方の時で2千年ほど経ちますが、今だ深い眠りの中、少し力が溜まり意識が戻るたびにあんな糞共をよこしやがってとお怒りの強い意志の塊を地球の神にぶつけております」

  

 …何処の悪役ですか?

 「うん。思ってたより更に数倍酷くてちょっとひく…それにしても数年前の事なのに2千年も寝てるって…時の流れが違うのか?…」


 「はい。まぁ正確には、必ずしも彼方の方が時の流れが早いってわけでもないんです。常に時空の大河は流れていますので、ゆっくりだったり、急激になったり色々です。」


 篁さんは近々にも文句を文字通りぶつけられた神から愚痴を聞いていたようで頭が痛いというように眉間に皺をよせている。

 

 まぁ、チートな魔法があり、現代知識もあれば、かなり面白おかしく過ごせるし、まさにゲームの主人公として好き勝手に行動してもおかしくない。

 寧ろするだろうなとも思う。

 でも、話を聞くと彼らはやり過ぎたのだ。自分たちをチヤホヤする人のみを優遇し、他を排除する。力を見せつけ恐怖を煽り屈服させる。

 それは如何にも力に溺れ飲まれてしまった

ある意味人間らしい、人間の行動だったのだろう。

 正直、自分も同様になる気がすごくするので…討伐されるのは嫌だなと身震いする。


 「ですので!今回もし真様が彼方へ行かれるならば、もういっその事、神になっていただいたらどうだろうと思ったのです。人は欲や強すぎる力に溺れますからね。特に性欲はいけません!ハーレムなんてもってのほかです!」

 

凄く力強くハーレムを否定するを苦笑いしてみてしまう。

 「それって、俺からそういった感情を奪うってこと?ってゆーかハーレムは定番だもんね〜勇者達も目指したのか…」


 寧ろ異世界転生の最大の魅力はチートハーレムなのでは?と思いつつ聞いてみる。

 「そうです。壮絶な愛憎劇だったそうですよ。まったくもって恐ろしい話です。しかしですよ?現在、真様が蟻を見て性欲を感じないように、神となり彼の地の生物に対して慈愛はもてても性欲が湧かないようになっていただければあの様な惨事は免れると思うのです。」


 「また蟻で例える…あのね、確かに今は、別に何が何でも家族が欲しいとは思ってないよ?でもずっと一人は寂しいな。寂しいのも狂うと思うよ?」


 父親が倒れて介護が必要になった途端に離れていった彼女が、父親が死んで俺に結構な遺産と持家が有るって知って寄りを戻そうとかなりしつこく粘着してきたことが頭に浮かぶ。

 親がいないから義理の親の介護はしなくていいし、既に介護の経験があるなら私の親に介護が必要になったらやってもらえるし、うんざりする義実家との付き合いもないなんてかなり好条件!って飲み会でそれはそれは、おおいにはしゃいでいたそうで、ヤベェもんを見てしまったと友人が青い顔で教えてくれたっけ…と思い出してげんなりしたが、この先ずっと一人っていうのはつらい。

 でも、近づいてくる人間を全て自分が与えるもの目当てかどうか、色眼鏡でみてしまいうんざりする未来も見える。

 ジレンマですな…


 「恋愛感情や性欲が湧かなくても、慈愛は芽生えます。犬や猫を家族として愛してる人間だっているでしょ?」


 篁さんの言葉にはっとして感心してしまう。

 「確かに。なるほどね〜慈愛か…別に極度の人間不信や恋愛不信ってわけではないけど、異常な性癖だってないから無くても困らないかもしれないな。寧ろ楽かもしれない!厄介事って恋愛感情が拗れると起こりやすいしな。正直、一人の女性ですら色々持て余すのにハーレムなんて荷が重過ぎるんだと思うんだよ。よくやるよな〜って小説読んで思ってた」


 腕を組みウンウン頷く俺を見て、篁さんが少し憐れみの眼差しを向けてきたが、それはどう言う意味の視線?俺は別に枯れた可哀想な男じゃないぞ!現実的なだけだ!


 「神の能力は巨大かつ魅惑的でもあります。人を惹きつける、甘すぎる程に甘い物です。ですが、力の持ち主が人、物に執着心が薄く、例え情に熱くても流されない強い意志を持っていたら起こりうる問題の半分以上は問題になりませんよ」


 「うん?執着心も無くなるの?俺はそこそこ収集癖はあるんだけど…」

 

 集めた本やお気に入りの文房具を思い浮かべ、あぁ…アレらコレクションを失う方が性欲を失うよりよっぽどつらいと涙が浮かぶ。


 「強すぎる執着心はなくなるでしょうが、ある程度は残るでしょうね。諦めないって事も大事ですからね。それに、真様には神と言っても地上にて行動していただきたいのです。担当神が本来の力を取り戻す為に力を貸していただけると本当に助かるのです。」


 「具体的にどうすればいいのかな?想像できないよ、神としての行動なんて」


 「その地にいて下るだけで十分ですよ。人々と触れ合うのも良し、冒険者として旅をしても良し、土地を開墾してスローライフを過ごしても良しです。神が確かにそこにいると言うことが大事なんですから!」


 どうやら、担当神様の力がかなり弱まってしまったことで勇者たちのせいで傷ついた世界の回復も思うようにいかないし、然も魔物も跋扈する悪条件の生活環境のせいでは、人々の魂もちっとも強くなってくれない。

 それどころか弱々しい転生を繰り返すせいで魂の消耗も激しく、新たな魂を創り出す作業にだいぶ力を奪われてしまい神の力が全然回復しないという最悪な悪循環に陥っているらしい。

 そこで、地上に俺という新たな神が降りれば、何もしなくてもその存在は浄化の役割を果たし、少しづつでも環境が良い方向に変化していくそうだ。

 そうすれば生の寿命も改善し神力も回復していく。

 しかも、俺の魂はかなり強い上に本来の生の寿命も残っているので力が有り余っているらしくまさに打って付けの存在らしい。


 「本当に無理なら断ってくださってもかまいません。無理強いするつもりはないんです。次の生も日本がいいならその様に手配致します。ただ、大変申し訳ございませんが、地球に転生する場合は魂の洗浄は絶対の義務なので記憶は一切残りません。鈴木真という個は消え、まっさらな状態になることはご了承下さい」

 他の次元への転生ならまだしも同一星の人類の場合は誤魔化しも効かない。

 通常通りに転生するか、転生する事を辞めて無に帰るかになるそうだ。


 正直もったいないな…と思ってしまう。

 鈴木真として生きてきた25年間は結構濃密だと思うし、今は天涯孤独だが、父は母を亡くしてから俺が寂しくないように精一杯の愛情を与えてくれたし、仕事も家事も手を抜かず努力を重ねていた。

 父の息子であることは、俺が唯一胸を張って自慢できることだと思っていたし、優しかった母の記憶は俺の支えでもある。

 

 父は、病気になり身体や匂い以外の五感が不自由になってもいつだって俺の心配をし、俺が介護するたびに不自由が口でありがとうお前がいてくれて幸せだと何度も伝えてくれていた。


 俺には愛されていたという記憶がしっかりある。

 この記憶を失いたくない。

 俺は他の誰かでは無く、彼らの息子でいたいんだ。


 「俺から記憶を奪わないで下さい。鈴木真の記憶を持っていられるなら、俺は異世界に行きます」


 俺は、篁さんの目をみて宣言した後、しっかり頭をさげた。

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