第15話〈やる気と実力〉2
「ど‥‥、どうもはじめまして‥‥」
恐る恐る秋人が虎太郎の隣りに座ると、相手は少し安心したように笑顔を返す。
「バンド名もう決めてんのか?」
まだ挨拶もそこそこなのに、遠慮無い虎太郎の質問に「‥‥えっ?一応決まってるけど‥‥」と相手は返事の度に固まっている。
「メンバー変わるんやし、みんなで新しいの決めようや!」
もう一緒にバンドをするのが決まったかのように話す虎太郎はキラキラと瞳を輝かすが、他の全員は呆気に取られたまま返事も出来ない。
「まだ、ちゃんと自己紹介もしてないよ~」
情けない声で秋人が窘めると二人は笑い、場は何とか和んだが「オォ!まだ名前言ってなかったか!俺が虎で、コイツが秋人や!」と悪気の無い虎太郎の軽いノリは続く。
「俺達もまだ言ってなかったよな、俺がベースの祐司でこっちがドラムの智也」
無事に全員の自己紹介が終わると、虎太郎と秋人はドリンクバーを注文する。
席を立ち飲み物を注ぎ終えた二人が戻ると、いつになく饒舌な虎太郎は再び話しだす。
「で?バンド名どうする?」
「お‥‥、おぉ、そうやな‥‥」
決定的な返事だった。
こうしてまだ一緒にバンドすると決めた訳じゃないなんて、反論する余地も与えないままバンドは結成されてしまう。
虎太郎が病院を退院したのは、その数日後だった。
「オイ!遅いぞ!」
冗談っぽく虎太郎は笑顔で話すが、待ち合わせ場所に集まった新メンバーは「‥‥おぉ、道が混んでてな‥‥」と徒歩なのに意味不明な言い訳で、ぎこちなく苦笑いを返す。
「スタジオなんて始めてだよ~」
「初音合わせか~!何か緊張するな」
爽やかな口調で虎太郎は新メンバーの肩を叩くが、無言で頷く二人は実力に疑いの眼差しを向けているようだった。
移動して数分後、着いたスタジオで受付を済ませた四人は防音室に入る。
まだコピーだが演奏する曲はファミレスで決めていたので、音合わせするのに支障は無いはずだった。
「意外と広いな!」
嬉しそうに虎太郎が見渡す室内は、防音壁を張り巡らせられた壁と大きめのアンプ・奥にドラムが置かれた殺風景な部屋だった。
「でも使うの結構お金掛かるよ~」
「アホか!そんなもん必要経費や!」
二人の会話を新メンバーは笑って聞いているが、互いの実力を見せ合うのは始めてなせいか妙な緊張感が漂っている。
「そうや!リーダー決めるの忘れとったな!」
一人だけ微塵も緊張感を感じさせない虎太郎は、期待に瞳を輝かすが「ソレは後で良いんちゃう、そろそろ始めよか?」と新メンバーは実力次第だと言わんばかりに、強い口調で視線を返す。
それぞれチューニングを終えると同時に、ドラムの合図で演奏が始まり。
噛み合わない歯車のように、各自で主張する音が互いに潰し合う。
かろうじて一曲弾き終えたが、お世辞にも上手いとは言えない演奏だった。
「最初はこんなもんやろ」
気まずい空気を和ませようと虎太郎は笑い飛ばすが、特に違和感が強かったのは他の誰でもなく虎太郎本人だった。
「上出来だよ~!絶対もっと良くなるよ~!」
「もう一回合わせるか~!」
ノリ良く二人はギターを構えるが、新メンバーの反応は鈍く不満げに顔を見合わせている。
「もったいないよ~、時は金なりだよ~」
全く説得力の無い秋人の一言で、笑顔に戻った新メンバーは渋々練習を再開するが状況は変わらず。
それはスタジオのレンタル時間ギリギリ迄、黙々と続けても同じだった。
会計を済ませ待ち合い室に移動した四人は、それぞれ椅子に座りくつろぐが雰囲気は二分されていた。
「やっぱり簡単じゃないな!今日はこの位で勘弁しといたるか!」
「まだ一回目だし、しょうがないよ~」
笑顔で会話を交わす虎太郎と秋人だが、無言のままでいる新メンバーの視線は変わらず冷たい。
少しの沈黙が続くと、意を決したかのように新メンバーの一人が口を開く。
「やっぱりコピーじゃアカンかな‥‥」
「ごめんやけど今回のバンド組む話しは無かった事で‥‥」
反論されるのを避けてか、申し合わせたように二人は視線を逸らす。
「しゃーないな!新しいメンバー又探すわ!」
強がってか虎太郎は明るく答えるが、それ以降笑わず動揺しているのは間違いなかった。
気まずい雰囲気から逃げるように二人はそそくさと立ち去り、取り残された虎太郎と秋人は無言で途方に暮れていた。
実際バンドを組んでからの練習時間にそれ程の個人差は無く、始めてから今までの練習結果が出ただけだった。
それでも虎太郎にとって受け入れ難い結果だったのは、喋らない事が証明していた。
「ここ禁煙か‥‥」
やっと口を開いた虎太郎は、舌打ちして一言呟く。
どれだけ真剣に練習していたか知っている秋人は、俯いたまま声も掛けれない。
少し間を置いて「気にする事無いよ~、メンバーだって他にも募集しているだろうし‥‥」と秋人はオーバーアクションで慰めようとするが、立ち直れないのか虎太郎は中々返事しない。
「俺さ‥‥」
妙な間を開ける虎太郎に、秋人は心配そうな表情で覗き込む。
「自分で曲作るわ‥‥」
秋人は予想もしていなかったであろう宣言に、大口を開けた口元を緩めた。
誓いのような其の宣言は、虎太郎のやる気が実力を越えた瞬間だった。
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