第14話〈やる気と実力〉1
「へ~、もうお客さん来てるよ~」
まだ客足もまばらなライブハウスのホールを見回し、秋人は立ち尽くす。
「早う行くぞ、一組目が始まる」
「無理だよ~、まだ脚こんなだし~」
急かす虎太郎の後を追い秋人が重い防音扉を開くと、中には椅子も無く50人も入らなさそうな客席と奥行きの無いステージが出番を待っていた。
「すごいね~、スタンドマイクだよ~」
秋人は羨ましそうにステージを眺めているが「こんなもんか‥‥、俺には小さいな」と虎太郎は不満げに呟く。
オシャレに厳しそうな客層の中、場違いに松葉杖をつく二人は妙に目立っている。
会場に流れていた洋楽が止まると「一組目が来たぞ」と誰かが言い。
ざわめく観客達が指差すステージでは、消えた照明の中バンドが音合わせを始めた。
「何かこっちが緊張しちゃうよ~」
数人の観客はステージ前に移動して行くが、二人は後方の壁にもたれ眺めている。
ステージが照らしだされると同時に「え~、一組目のライブさして頂くミリオンズです、まだ知らない人の方が多いと思うけど少しでも覚えてもらえたら嬉しいです」とささやかなバンド紹介の後、演奏が始まる。
「結構上手いね~」
一曲終わると、大袈裟に手を叩く秋人とは対称的に「そうか?あれ位やったら誰でも出来るようになるやろ!」と虎太郎はステージに立つ訳でも無いのに、敵対心を剥き出しにして睨む。
「そんな事無いよ~、緊張だってするはずだし~」
他の観客を気にしてか秋人は声を細めるが「何がや?そんなん関係無いやろ」と大声で話す虎太郎は、周りを微塵も気にもしていない。
二人の会話を遮るように間奏は終わり演奏は続くが、出演中のバンドと仲が良いであろう数人の客は二人を睨む。
それでもライブ中だったからか、大きな揉め事は起きず一組目の演奏は終わっていた。
「バンド名flowerだって、次は絶対ガールズバンドだよ~」
はしゃぐ秋人は全く気付いていないが、虎太郎は数人からの敵意を視線のみで跳ね退けている。
「ほら~、やっぱりボーカル女の子だよ~」
ステージ上を自慢げに秋人は指差すが、適当にあしらう虎太郎は小さく舌打ちして「俺達は見る側じゃアカンやろ!」と何やら苛立った様子でステージを眺めている。
残り二組のライブも終わり観客が帰り始める時間も、不機嫌なままなのか虎太郎は無言で立っていた。
「俺達もライブやるぞ!」
真剣な眼差しで虎太郎は突然宣言する。
「ギター二人じゃ無理だよ~、だいたい虎君まだ1曲も弾けない‥‥し」
秋人が言い終えるよりも早い虎太郎の一睨みで、秋人は思わず口ごもる。
「他のバンドから引き抜くか‥‥」
腕組みしたまま考え込む虎太郎は、今日出演したバンドから選んでいるようだ。
「そっ‥‥そんな都合よく入ってなんてくれないよ~」
弱気な発言を返す秋人だったが、殴るぞと言わんばかりに拳を見せつける虎太郎を見て「やってみないと解らないよね~」と下手な作り笑いが白々しい。
「ライブ終わりの奴ら探して捕まえていくか‥‥」
能天気に虎太郎は室内を見渡すが、すでに人は少なく出演者達も見当たらない。
「ほら~、もう皆帰ってるし無理だよ~」
「まだ外には居るやろ」
不機嫌そうな表情でホールに出る虎太郎を秋人は追うが、ホールに出ても人が居ないのは同じだった。
「やっぱり無理だよ~」
情けない声を出して壁にもたれた秋人は「居た~!ここに居るよぉ~!!」と突然その場で跳びはねる。
「アホか!お前はメンバー確定や」
「違うよ~、これだよ~」
秋人が視線を促す先の壁には、バンドメンバー募集の通知が何枚も張り出されていた。
<ギタリスト募集・十代で洋楽好きの方希望>
手書きで描かれた決して上手くはないバンドの挿絵が、若々しさを物語っている。
「これ電話してみるか!!」
気に入った1枚を指差した虎太郎は全く躊躇う事も無く携帯を手に取るが「ちゃんと選んだ方が良いよ~、こっちは初心者大歓迎だよ~」と秋人は不安そうに引き止め、虎太郎は舌打ちを返す。
まるで何事も無かったかのように受信待ちをする虎太郎は、面倒臭いのか秋人と視線すら合わさない。
「ギター弾けるの二人居るけどどうや?」
まだ大して上達もしていないのに、上から口調の虎太郎に秋人は大口開けて驚いてる。
そのまま何言かのやり取りを終え電話を切った虎太郎は「行くぞ!」と行き先も告げず、慌ただしく移動を始め。
「え~?病院~?電話はもう良いの~?」
後を追う秋人の不安そうな声がホールに響いていた。
二人が着いた場所は何処にでも有るファミリーレストランで、理由を理解していない秋人はキョロキョロと辺りを見渡している。
迷わず店内の奥に突き進む虎太郎に「電話の人?どんな人だった?優しそう?」と秋人の心配は止まる事を知らない。
「良いんちゃうか!」
如何にも適当な返事を返され秋人は不服そうに口を尖らすが、振り返りもしない虎太郎は上機嫌な鼻歌を歌っている。
他に若い客が居なかったのも幸いで、待ち合わせしていたバンドマンは一目瞭然だった。
店内で待っていた相手二人は虎太郎に気付くとすぐに視線を逸らしたが、電話の相手が虎太郎だと理解するのに時間は掛からなかった。
「どうも始めましてやな!まあ、これからヨロシク!」
同じテーブルに座った虎太郎は親しげに話し掛けているつもりだろうが「‥‥、あ‥‥、あぁ電話の人?」と相手は予想もしていなかったであろう虎太郎の風貌に面食らっている。
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