第5話〈先生と師範〉3
「えぇ~!?」
ささやかな悲鳴を挙げる秋人を顧みる事も無く、すぐに虎太郎は歩き始める。
目的地に着いた虎太郎は「ココや!」と真顔で女子更衣室を指差す。
「えっ‥‥?どういう事?」
瞳をパチクリとして聞く秋人に「入れ!」と虎太郎は笑顔で頷く。
「無理だよ~、そんなの変態だよ~」
秋人は小声で尻込みするが「お前の度胸の為や!」と虎太郎は意味不明な親切心で説き伏せようとする。
「そんな事したら捕まるよ~」
さすがに必死で聞き入れない秋人に虎太郎は諦めたのか「冗談や!本命は夜や!」と笑い飛ばした。
夜になると虎太郎は「そろそろ良い時間や行くぞ」と秋人に声を掛け、二人はひっそりと病室を抜け出す。
「見付かったら怒られないかな~」
恐る恐る後を追う秋人は、まるで脱獄をする囚人のように周りを気にしている。
「ココはマズイよ‥‥」
看護婦の居る受付前に差し掛けると、秋人は小声で引き止めるが「何をしてんねん、早う来い!」と虎太郎は全く気にもしていない。
松葉杖を突きながらなのに、さながらスパイ的に差し足で歩く秋人を「お前はコソ泥か!」と虎太郎は笑い続ける。
そんな調子で二人が辿り着いた先は、霊安室の扉前だった。
虎太郎は身震いする秋人に笑い掛けながら「目的地到着や!入ってますか~?」と冗談っぽく二回扉を叩く。
「駄目だよ~、出て来るよ~」
無駄に秋人は両手で扉を押さえるが、悪ノリした虎太郎は「どうなんや~、オラ~?」と更に強く二回扉を叩く。
「そんな事したら呪われるよ~」
秋人は扉に向かって何度も頭を下げるが「大丈夫や!入れ!」と虎太郎は白々しい真顔で扉を指差す。
「こんなの罰当たりだよ~、どうせ鍵閉まってるよ~」
「そんなもん開けてみな解らんやろ!ええから、ほれ!」
言われるがまま秋人がゆっくりとドアノブに手を掛けると、虎太郎は全力で扉を叩き秋人を脅かした。
「も~う~、心臓止まるよ~」
その場にへたり込む秋人に「どうしたんや?何か有ったか?」と虎太郎は嬉しそうに笑顔で見下ろす。
「何かじゃないよ~、やっぱり鍵も閉まってたし~」
力無く秋人は反論するが「何が怖いねん!シバくぞ」と虎太郎は当然のように全く聞く耳を持たない。
「そう言えば、なんでギター覚えたいの?」
これ以上の被害を避けてか、話しを逸らす秋人に「男なら目指すはビックマネーやろ」と虎太郎は片手でマネーマークを造り笑顔を返す。
「ビックマネーって‥‥」
返す言葉も見付からない秋人に「お前も男なら大きくいかなアカンぞ!」と虎太郎は手本を見せるかのように男らしく背筋を伸ばす。
「何か先生みたいだね‥‥」
情けなくうらやましがる秋人に「アホか!お前はギターの先生やろが!」と生徒らしさのかけらも無い虎太郎は笑顔を返す。
「でも‥‥思いつかないな‥‥、そうだ一緒にバンドやろうよ!」
「ああ、ええよ!まあ音楽性の違いはなさそうやしな」
虎太郎が手を差し出すと秋人は慌てて握り返し、二人の約束は成立する。
こうして先生と師範だった二人は、この夜バンド仲間に変わっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます