第3話〈先生と師範〉1
夜になると人が居る喫煙所を避けた虎太郎は屋上に上がり、タバコの火を着けようとすると何処からかギターの音が聴こえてくる。
思わず手を止めて聞き耳をたてていると、聴こえてくる曲は虎太郎がいつも聴いている曲。
「上手いやん‥‥」
こぼすように呟き。
音の鳴る入り口の裏側に近づいていくと、そこでギターを弾いていたのは秋人だった。
「マジか‥‥、お前凄いな‥‥」
「えっ?‥‥、違うよ~!そんな事ないよ~!
一曲全部弾けるのこの曲だけだし‥‥」
下手くそな謙遜に虎太郎は少し苛ついたように眉をひそめるが「いや、マジで凄い!」と素直に認め、一人で納得したかのように頷く。
「ソレ貸せ」
冗談混じりの笑顔でエレキギターを剥ぎ取った虎太郎は、それっぽく格好つけて弾いてみるが「全然違う?何か音も小さくないか?」と上手く弾けないが気にするでもなく、無邪気に笑い掛ける。
「音が小さいのはアンプに着けてないからだよ~」
ここぞとばかりに得意げに話す秋人の話しを聞きもせず、虎太郎はギターを夢中でいじくっている。
「俺も弾けるようになるか‥‥?」
手を止めて真剣な表情で聞く虎太郎に「最初は難しいけど練習すれば弾けるようになるよ~」と秋人は先生ぶって偉そうに答える。
「教えてあげようか‥‥‥‥」
弱々しくも上から口調を続ける秋人に耐え兼ねた虎太郎は「シバくぞ!教えさして下さいやろ」と命令口調で、とても頼む側の立場とは思えない。
「お‥‥、教えさして下さい‥‥」
如何にも言わされた感一杯な秋人の肩を虎太郎は叩き「お礼に俺はお前を強くしたるわ!」と頼んでもいない師範役を買って出る。
翌日の正午。
松葉杖を突いた状態だとは思えない程、力強く秋人を倒した虎太郎は「オイッ!そんなもんか!もっと踏ん張れや!」と横たわる秋人を見下ろす。
「片足だから踏ん張れないよ~」
人の少ない屋上とはいえ病院での相撲に、避ける患者達の視線は冷たい。
「もう一丁やぞ!早う立てや」
「もう無理だよ~」
なかなか立ち上がろうとしない秋人に「解ったボクシングにしよか」と虎太郎は早速構えるが「痛そうだし、もっと無理だよ~」と秋人は怯えきってへ垂れ込んでいる。
「そんなんじゃ強くなれんぞ、じゃあ痛くなかったら良いんやな」
顔を近づけ虎太郎が脅迫的に睨みを効かすと「痛くないのなら良いよ~」ようやく立ち上がった秋人は頷き、二人はエレベーターで移動を開始する。
二人しか乗っていないエレベーター内で、秋人は気まずそうに黙っていたが「次って‥‥?」と行き先も行動も解らず虎太郎の後を追うのに耐え兼ねたのか、秋人が不安そうに聞くと「着いてからのお楽しみや!」とエレベーターを降りた虎太郎は笑顔を返した。
一階受付の前を通り過ぎ、待ち合いの椅子にドスンと腰掛けた虎太郎は「今からガンつけしてケンカを売ってみろ」と来客達を指差し真剣な眼差しで相手を選んでいる。
「が‥‥ガンつけって‥‥何?」
如何にもしらばっくれる秋人に「ガンつけってのはこういうのや!」と虎太郎は秋人に顔を近づけ睨みつける。
「えっ‥‥何?何もしていないよ‥‥」
後ずさり視線を逸らす秋人に「コレがガンつけや、誰か選んで同じようにして来い」と虎太郎は秋人の背中を叩く。
「え~、そんなの無理だよ~、怒られるよ~」
立ち止まる秋人は一応周りを見渡すが、やる気なさは言うまでもない。
「もう誰でもええから早う行けや」
再び虎太郎が睨みつけると、秋人は仕方なさそうに相手を探し座席周りを移動し始める。
めぼしい相手が見付からず秋人は手を振り居ないと訴え掛けるが、虎太郎は鋭い視線を返し認めない。
開き直った秋人は誰彼構わず睨みつけ始めるが、くしゃみを我慢しているようにしか見えず子供に笑われている。
「オイ!!」
虎太郎が手招きして呼び戻すと、駆け付けた秋人は「何か子供に笑われちゃったよ~」と恥ずかしそうに顔を隠す。
「何や今のは?眩しいんか?」
思わず吹き出す虎太郎に「違うよ~、ガンつけまくってたんだよ~」と秋人は使い慣れない言葉で男ぶる。
「もうええわ、早う行くぞ!」
連れ立って歩くのも恥ずかしいのか、虎太郎は妙に先を急ぐ。
「つ‥‥、次は‥‥?」
心配そうに後を追う秋人が聞くと「また屋上行ってギターの練習でもしよか」と虎太郎は半ば諦めた様子で振り返る。
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