第2話〈ボンボンとヤンキー〉2
明らかに聞き取れる声で虎太郎は呟き。
まるで品定めするかのように、秋人を睨みつけていると「あっ!そのバンド良いよね!」と何も気にしてないのか、秋人はイヤホンから漏れるバンドの楽曲に身体を揺らしている。
「お~!お前知ってるんか?」
「知ってるよ~、日本で活動していないから知ってる人少ないんだよね~」
「俺は1枚目のアルバムばっかり聴いてるけどな」
「1枚目は日本語歌詞多いよね」
二人共余程珍しい共通点だったのか、病室だという事も忘れて盛り上がっていく。
「そういえば、お前何で病室を追い出されたんや?」
ふと思い出したように虎太郎が聞くと「え~?たまたまだよ~」と秋人はとぼけた表情でしらばっくれる。
初対面にも拘わらず少し苛ついた様子の虎太郎が「シバくぞ」と冗談吹き、謝る必要の無い秋人は「ゴメン‥‥」と呟いたきり、そこからは喋らなくなった。
理由が解るようになるには、それほど時間は掛からなかった。
虎太郎の居ない昼過ぎになると、見舞いに来た秋人の悪友三人が「おい!カルシウムちゃんと取れよ~!」と入室早々に場所をわきまえない発言で、患者達の注目を浴びている。
「わざわざ~お見舞いに来たったんやぞ~、お礼は?」
「あ‥‥、ありがとう」
心にもなさそうな感謝を秋人が述べると、三人は同じように甲高い声で笑い声を響かす。
「今日は持って来たで!お・土産‥‥」
一人がコンビニの袋ごと土産物を手渡すと、もう一人が嬉しそうに「読んでみ」と唆す。
袋の中身を確認した秋人は「無理だよ~、読めないよ~」と精一杯拒絶するが「ええから早う読めや~!看護婦来た時がええんか~!」と笑顔で脅す三人は、まるでクイズの解答者がボタンを押すように次々と秋人の頭を叩き始める。
「言うよ~、言えば良いんだろ~」
待っていたその一言で叩くのを止めた三人は、静まり返り耳を澄ます。
「じゅ‥‥熟女ボンボン‥‥」
言い終わった秋人が白々しく顔を隠すと「嬉しいやろ~、マ~ザコンやからな~」と三人は秋人の演技に気付くでもなく、一様に笑い転げている。
「何か喉渇いてきた~!お土産のお礼にジュース買ってきて~」
「2分以内やぞ!走れマ~ザコン!」
一方的にマザコンと決めつけた会話を聞き流し「2分は無理だよ~」と秋人は松葉杖を片手に道化を演じ続けている。
「走られへんや~ろ!あの脚じゃ」
秋人が病室から居なくなっても、誰の目も気にしない三人の下品な笑い声が響く。
数分後病室の扉が開くと同時に「遅いわ~!2分越えてるやろ~」と悪友の一人がからかうように叫ぶと、そこに立っていたのは虎太郎だった。
如何にも自分達より強そうな体格と風貌に、秋人のベッドでくつろいでいた三人は思わず口を開けたまま固まっている。
「誰やお前シバくぞ」
相手の人数も構わず虎太郎は睨みつけ見下ろす。
「買ってきたよ~」
こんな状況だとは知らないまま戻ってきた秋人が、異変に気付き入り口で立ち止まると「遅いね~ん!間違えてしもたや~ろ!」と三人は明るく笑顔でごまかすが、目は全く笑っていない。
相手するのも面倒臭さそうに舌打ちをした虎太郎が、自分のベッドに戻りカーテンを閉めると「今日は大富豪やろうぜ~」と言いながらカーテン越しの虎太郎に中指を立てて、三人は再び騒ぎだす。
嫌な雰囲気を避けた同じ病室の患者達は次々と移動するが、虎太郎は気にするでもなさそうにイヤホンを耳につけ携帯でゲームを始める。
数時間後三人が帰る迄の間ずっと、病室にはバカ騒ぎする笑い声が響き続けていた。
三人が帰ると意を決したように起き上がった秋人は、カーテンが閉まった虎太郎のベッド前に立つ。
「あ・あの・・・」
静まり返る病室で秋人の呼びかけは聞こえるはずだが、イヤホンで音楽を聴く虎太郎は一向に気付かない。
数分無言のまま秋人は立ち止まっていたが、恐る恐るゆっくりとカーテンを開くと「何や‥‥パシリボンボンか‥‥」突然差し込む光に気付いた虎太郎は、イヤホンを外し鋭い視線を秋人に向ける。
「そんなんじゃないよ~、普通だよ~」
「別にどっちでもええわ、で何の用や?」
普通の友達だと言えない秋人を見抜いてか、虎太郎の態度は素っ気ない。
「騒がしくしてたからお礼を渡そうと思って‥‥」
不器用そうに松葉杖を突きながら、棚の果物を取ろうと秋人が手を伸ばすと「要らんわそんなもん、お前それよりも男として今のままでええんか?」と虎太郎は自己流の男論を突き付ける。
「良いんだよ~、みんな優しいし‥‥」
「何やそれヘタレか‥‥」
秋人が嘘をつき平気なフリをしているのは明らかだった、それが虎太郎には解ったからか余計に苛ついていた。
こんな年齢と性別以外に全く似た所も無い二人。
だが変わりたくても変われない何かを持っているのは二人共同じだった。
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