第9話 思わぬ来客
ひかりが手術を受けると決心して、大きな病院に入院することになった。
詳しい事は分からないが、薬の関係や身体チェックの関係上、手術を受ける一週間前から入院しなければいけないらしい。
俺は、毎日ひかりのお見舞いに足を運んだ。
入院してから3日目。刻々と手術の日は近づいていた。
「よ!体調はどうだい?」
「もちろん、元気ですよ。病院食も悪くないですね。」
「毎日退屈だろう~!前みたいに電話もできないしなぁ。」
「そうですね。夜眠れないときは、Shineとナオヤさんの曲を聴いたりしてます。」
「それは嬉しい。ミュージシャン冥利に尽きるよ。あ、そうだ、今日はひかりにお願いがあるんだ。」
「私にお願いですか?なんですか?」
ナオヤは、ひかりにイヤホンを渡した。
「実は、新しい曲を作ったんだ。ひかりに聴いてほしいと思って。」
「わー!嬉しいです!聴きたいです!」
「じゃあイヤホンさして。流すよ~。」
ひかりは音楽に集中した。
綺麗なピアノから始まり、少し切ないメロディだが、どこか力強さも感じるような、
そんな楽曲だった。ただ、歌が入っていなかった。
「凄く良い曲ですけど、歌はないんですか・・?」
「そうなんだ。そこで、ひかりに歌詞を書いてもらいたいなって。」
「えええ!?私がですか!?そんな、素人の私じゃ無理ですよ!」
「そんな大げさな!大丈夫!入院中暇だろうし、気も紛らわせるし、なんとなくで良いから書いてみてよ!」
「・・・・ナオヤさんのお願いなら・・仕方ないですね。でも、どんなテーマで書けばいいんですか?」
「それも自由でいいよ!その曲を聴いて、自分が感じた事を書いてほしい。ちなみに、手術の前夜までの宿題ね!!」
「宿題ですか・・分かりました。私、宿題は早く終わらせるタイプなんで、頑張ります。」
「ははっ!楽しみにしてる!じゃあ今日はそろそろ帰るよ。また明日!」
「はい。おやすみなさい。」
突然の宿題に、ひかりは少し胸を躍らせていた。
元々音楽を聴くのは好きだったが、まさか自分が作る方に回るなんて。
ひかりは、何回も何回も、ナオヤが作った曲を聴きこんだ。
―翌日
「おーい、ねーちゃん、着替え持ってきたぞー・・・・おーい!!」
カーテンを開けると、ひかりはイヤホンに集中していた。どっぷりと、自分の世界に入っていた。
弟のカナタが来たことにまったく気がついていない模様。
カナタはひかりに着いている片方のイヤホンを外した。
「ねーちゃん。着替えもってきたよ。」
「ああ、カナタ。来てたの。」
「今日は母さん来れないらしいから、なんか欲しいものある?」
「特にないかな。ありがとう。」
「そっか。了解。じゃあー俺もういくね。彼氏によろしくー!!」
「ちょ、ちょっと!彼氏って・・」
きっと小倉家でも、ナオヤの話は度々話題となっているのだろう。
そういえば、もうすぐナオヤがお見舞いにくる時間だ。
コツコツと足音が近づいてくる。ナオヤだろうか。
しかし、ナオヤはいつもスニーカーを履いているので、あんなにコツコツとは足音は鳴らない。
カーテンが開いた音がした。
「・・だ、誰ですか?」
「・・・・・ひかり、私だ。」
「その声は・・お父さん!?」
スーツ姿の中年男性。
まさかの父親の登場に、動揺を隠せなかった。
確かに、たまに連絡は取ったりしていたが、こうして会うのは2年振りだろうか。
「母さん・・あきこから手術の話を聞いてね。お見舞いにきたんだ。」
「そうなんだ。お母さんには、お見舞いに来ること言ってるの?」
「いや、言ってないよ。来なくていいとか言われたら困るからね。でも、どうして急に手術を受ける気になったんだい?」
「それは・・・」
コツコツコツコツ
足音が近づいてくる。
「おや、誰かきたみたいだ。」
ヒロシはカーテンを開けた。すると、1人の青年がこちらに向かってきた。
「あ・・えっと・・」
「君は・・誰かな?」
声を聞くと、ナオヤだと分かったひかりは、慌ててヒロシに説明をした。
「お父さん、この人はナオヤさん。私の・・・・えっと・・・」
「初めまして。ひかりさんとお付き合いさせて頂いております、新道ナオヤと申します。」
ナオヤは瞬時に、この男性がひかりの父親だと理解した。
「は、初めまして。ひかりの父です。」
ヒロシも突然の娘の彼氏の登場に動揺していた。
ナオヤは、空気を読んで、すぐに帰ろうと思った。
「ひ、ひかりちゃん、今日はお父さんもお見えになってるし、また明日くるよ!」
「あ・・・ナオヤさん・・」
ひかりはナオヤに居てほしかった。父親と二人きりになるのも、なんだか恥ずかしい気持ちもあった。
「ナオヤくん、ちょっと向こうで話さないかい?」
「え・・僕とですか・・?」
「ひかり、ちょっとナオヤくんと話してくる。後でまた来るから。」
「え、ちょっと、お父さん・・!!」
ヒロシはナオヤを連れて、病院の中にある待合室へと向かった。
自販機で二人分の缶コーヒーを買い、一つをナオヤに渡し、待合室のソファーに腰掛けた。
「ナオヤくん・・だったね?ひかりとは、もう付き合って長いのかい?」
「い、いえ、お付き合いが始まったのは最近で、出会ってからもまだ2カ月程です。」
「そうなのか。しかし驚いたな。ひかりが誰かと付き合うなんて、考えもしなかったよ。」
ヒロシは、コーヒーに口をつけた。
「ナオヤくんも、うちの家庭環境の事は知ってるかい?」
「・・・・大体は、聞いています。」
「そうか。私は、父親なんて呼べるような立場じゃない。あの子に、何もしてやれてないんだ。
むしろ、私達のせいで、あの子の目が見えなくなったんじゃないかってね・・。」
ヒロシは缶コーヒーの飲み口を見つめ、溜息をついた。
「・・・・あきこお母さんも、同じことを仰っていました。私達のせいで・・と。でも、そんなこと言わないでください。ひかりさんは、きっと、お二人の事が大好きだと思います。」
「どうしてそう思うんだい?」
「ひかりさんが手術を拒んでいた理由は、周りから誰もいなくなってしまうんじゃないかと不安がっていました。それはきっと、一番は家族の事だと思います。もうこれ以上、誰も離れてほしくないんだと思います。」
「そうだったのか・・。確かに、ひかりと連絡しているときも、戻ってきてほしいと何度も言ってくれていたな。」
「とても家族想いの娘さんです。きっと、家族が大好きなんです。だから、大好きな人たちに、私達のせいでなんて言われたら、ひかりさんは余計に悲しむと思います。」
ヒロシはいつの間にか頬に涙が流れ落ちていた。
ナオヤの言葉に救われた気がした。
「君は・・不思議な子だね。ひかりが好きになるのも納得したよ。」
「そ、そんな!!すみません、初対面で偉そうなことを言ってしまって・・!!」
「いや、いいんだ。ナオヤくん。これからも、ひかりをよろしく頼むよ。」
すると、ヒロシはナオヤに会釈をして、病院から出ようとした。
「あの、ひかりさんに挨拶しなくて良いんですか!?」
ヒロシは立ち止り、振り返った。
「手術が終わったら、またくるよ。それまでに、ひかりにカッコ良くなったと言わせるように外見を磨いておかなきゃな。」
去っていくスーツ姿の中年男性。ナオヤは、言葉にせずとも伝わる男の背中を感じていた。
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