第8話 魔法使い

翌日起きると、彼女からメッセージが届いていた。


「昨日はナオヤさんが話している最中に寝てしまい、恥ずかしい思いと申し訳ない気持ちでいっぱいです!ほんとにごめんなさい!」


俺からすると、世界で一番可愛い寝顔を拝めることができて、ラッキーだったが。


「大丈夫だよ!お母さんとも仲良くなれたし!体調はもう大丈夫?」


「はい、おかげさまで、もうすっかり良くなりました。あ、ナオヤさんのCD聴きました!」


自分の歌を聴かれたと思うと、なんだか全てを曝け出している気分になった。他人に聴かれるのはどうってことないが、身内に聴かれるのはこっ恥ずかしい気持ちだ。


「もう聴いてくれたの?ありがとう!なんだか恥ずかしいな。」


「凄くあったかくて、ナオヤさんの人柄が出てるような歌でした!私は凄く好きですよ。うまく言えないんですが、もっと聴きたいなって思いました。」


「ひかりちゃんにそう言われると、頑張ろうって気持ちになれるよ。ありがとう!」


彼女の言葉は、背中を押してくれる。

俺はこのとき、彼女に歌を作りたいなって思った。


「そうだ、昨日の埋め合わせもかねて、ひかりちゃんを連れて行きたい場所があるんだけど、今度の日曜日空いてるかな?」


「はい!空いてます!是非、連れていってください!」


こうして、俺たちは会う約束をして、日曜日が来るのを心待ちにした。


その間は、特にこれといった出来事もなく、いつも通り喫茶店のバイトに励んでいた。


そこで、幼馴染のジュンペイに、初めてひかりちゃんの存在を話した。


「おいおい、なんだよ、そのドラマみたいな話。しかもなんだ、相手は盲目の女子高生だ?ほんっっと、お前は物好きだよなぁ。」


「からかわれるのは承知の上だが、物好きという言い方は相手に失礼じゃないか!?」


「悪りぃ、冗談だよ。お前は昔っから1つの事にハマると、諦めがつくまでずっとそれを追いかけるタイプの人間だから、何言おうが無駄なのも知ってるし、俺は陰ながら応援してやんよ。」


大概ジュンペイに指摘されることは当たっている。

きっと俺は分かりやすい人間なんだろう。


「まぁ、なんか困ったことがあれば相談のってやるよ。女子高生に変なことすんなよ!?」


「うるせぇ。分かってるよ。」


ジュンペイはいつも通り、コーヒー代を置いて、店を出るなり携帯を取り出し、電話をしながら歩いていった。


昔からジュンペイはポーカーフェイスが上手いやつで、辛い時でも辛いと思わせないタイプの人間だった。俺と正反対の人間だ。だからこそ、こうやって今も仲が良いのかもしれない。あいつから学ぶことも多い気がする。





こうして、約束の日曜日を迎えた。


ひかりは、ナオヤから家の近くまで迎えにいくと言われていた。目的地は知らされていない。


ひかりは自宅近くのコンビニ付近で待っていた。


すると、


ブロロロロ、ブロロロロ、


バイクの音がする。


「ひかりちゃん、待った!?」


「いいえ、私も今来たところです。あの、今バイクの音が聞こえた気がしたのですが。」


「そうなんだ。実は俺のバイトなんだ。今日は、ひかりちゃんを後ろに乗せたいと思って、乗ってきたんだ!」


「ナオヤさん、バイクの免許持ってるんですね!でも、少し怖いです。」


ひかりは怖がっていた。人生で一度もバイクの後ろに乗ったことはないし、未知の感覚だろう。


「大丈夫、しっかり俺に捕まっていれば良いから。さ、ヘルメットを被って!」


いつものナオヤと違って、今日は少し強引に思えた。

ひかりは渋々、ヘルメットを被り、バイクの後ろに乗った。


ブロロロロ!ブロロロロ!


大きなエンジン音が鳴り響く。

乗ってみると、振動が伝わり、迫力が増す。


「ゆっくり走るから、安心して。しっかり捕まっててね!それじゃ、しゅっぱーつ!」


発進すると、思った以上に体がバイクの速度を感じていた。ナオヤにギュッとしがみついていないと、振り落とされそうな、そんな感覚に陥っていた。


「ナオヤさん!!怖いです!!すっごく怖いです!!」


ひかりは叫んだ。しかし、車と違って、なかなか声が通らず、ナオヤには聞こえていなかった。


少ししてから、信号で止まった。

ナオヤは、ひかりが怖がっている事が分かっていた。

なぜなら、強い力で後ろから抱きしめられているからだ。


「ひかりちゃん、大丈夫!俺と一緒なら怖くない!それに、風を感じてごらん?凄く気持ち良いから!怖がらず、感じるんだ!」


「そ、そんな余裕ないです!わわっ・・」


信号が青になり、再び走り出した。


徐々にだが、バイクのスピードにも慣れてきたのか、しがみついていた力が弱まってきた。


ひかりは、ナオヤが言っていた風を感じるという感覚が分かってきた気がした。


「・・なんだか・・気持ちいい・・」


風が心地よい。恐怖の向こう側が、乗り越えればこんなにも爽快な気持ちになるなんて。


走っていくうちに、周りの車の音や、街の騒音が遠のいていくのが分かった。


どうやら、都会とは離れたところに向かっているらしい。


バイクのスピードも徐々に速度を増していった。


その頃には、もうバイクへの恐怖感は消えていた。


しばらくして、目的地に到着した。


「さぁ、着いたよ。降りて、ヘルメットを外してごらん。」


バイクを降りると、クシャっと砂を踏んだ音がした。

ヘルメットを外してみると、心地よい風が吹いていて、鳥のさえずりと、海のさざ波の音が聞こえていた。


「ここはね、俺が何かに悩んだり、気分を変えたいときにくる場所なんだ。お気に入りのツーリングスポット!」


「そうなんですね。最初はびっくりしました。まさかバイクに乗せられるなんて。それに、なんだかいつものナオヤさんじゃない気がして。」


「ははは、ごめんね!ちょっと強引にいかないと、乗ってくれないかなぁと思って。でも、悪くなかったでしょ?」


「はい。最初は怖かったんですが、段々風が気持ち良くて、爽快感がありました。」


「それは良かった!あとね、ここに連れてきたのは、ひかりちゃんに話したいことがあってね。」


「話したいことですか…?」


「うん。実は、お母さんから手術の話しを聞いたんだ。」


ひかりは少し下を向いて、困った表情をみせていた。


「そうですか。もしかして、お母さんに何か言われましたか?」


「いや、俺は何も言われてないよ。ただ、ひかりちゃんは手術を拒否してるっていうのは聞いたんだけど、それはどうしてかなと思って。」


「・・・・怖いんです。一度手術をしたら、二度と治ることはないと言われて。でも・・この状態のままじゃいけないことも分かってるんです。」


ナオヤは、ひかりの気持ちを察していた。

きっと、彼女にしか分からない不安と戦っているんだろうと。


「ひかりちゃん。バイクに乗ったとき、最初は怖かっただろう?でも、恐怖を乗り越えたら、心地よい世界が広がっていたでしょ?手術も同じだと思うんだ。きっと、その恐怖を乗り越えたら、素敵な世界が広がっているよ。」


「・・分かってます。でも・・」


不安に駆られているひかり。

すると、ナオヤはひかりを後ろから抱き締めた。


「・・・!!??ナ、ナオヤさん・・!?」


「お・・・俺が側についてるから大丈夫!!さっきバイク乗ってるときも言ったでしょ!?」


少し緊張している声。でも、精一杯気持ちが伝わる声。


「ずっと目が見えなくても、俺は変わらずひかりちゃんの側にいる。約束する。だから、怖がらないで。誰も君を1人にしないし、1人になんてさせない。」


「・・・うっうっ・・」


ひかりは、自分が一番不安に感じていたことを指摘され、泣いた。

一番不安に感じていたこと、それは、周りが自分から離れていってしまうんじゃないかということ。

周りに見離されて、一人ぼっちになってしまうんじゃないかと。


「・・こういうとき、涙を流すことができたらいいのに、私、流れにくいんです・・ほんとやだ・・ううっ・・」


「大丈夫。大丈夫だから。たくさん泣いていいんだよ。」


「ナオヤさんは、魔法使いみたいです。」


「どうして??」


「私の心を読んで、そのとき私が欲しい言葉を言ってくれたり、行動してくれたりします。」


「それを言うなら、ひかりちゃんも魔法使いだよ。今の言葉、そのままお返しするよ。」


ひかりは、後ろから抱き締めているナオヤの腕をギュッと掴んだ。


「・・・・大好きです。ナオヤさん。」


「・・・・俺も、ひかりちゃんが、大好きです。」


こうして、夕暮れがかった海を前に、二人は結ばれた。

ひかりは、手術を受けることを決心した。

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