第7話 家族
彼女との電話は、毎日の日課になりつつあった。
お互いが、お互いの生活リズムが分かってくるようになり、
いつもより連絡が遅かったりすると、なんだかそわそわするようになった。
明日は、二回目のデートだ。どれだけ楽しみに待っていただろうか。
しかし、いつもなら返事がくる時間帯でも、返ってこない。
どこか出かけているのだろうか?それとも、寝てしまっているのか?
いっそのこと、俺からいきなり電話をかけようか?
1人で頭を悩ませながら、携帯を触っては置いたりの繰り返しをしていた。
すると、
ピコーン
メッセージの通知音が鳴った瞬間、俺は携帯に飛びついた。
「お返事、遅くなってすみません。凄く申し訳ないのですが、風邪をひいてしまって、
明日お会いできそうにありません・・」
俺は、返事が返ってきた安堵感と、明日会えないと分かった失墜感に駆られていた。
「大丈夫!?明日の事は良いから、今はゆっくり休んでね!また元気になったら遊ぼう~!」
明るく打った文章とは裏腹に、当の本人はかなり落ち込んでいた。
うまくいかない音楽活動。ただ、アルバイトに励む日々。
何もない日常に、特別な時間をくれた。
その貴重な特別な時間が無くなってしまうとは、残念でならない。
「・・・・私は、ナオヤさんに会ったら元気になると思ったんですが、家族に反対されました。」
「え!?」
俺は、返事を読むと、思わず声を出してしまった。
風邪をひいてでも、自分に会いにこようとしていたのか。
愛おしさがこみ上げた。
「その気持ちだけで十分だよ~!俺も本当は、凄く会いたくて残念な気持ちだったけど、ひかりちゃんも同じくらい会いたいと思ってくれてるんだなって分かって、安心した!!」
「・・そんなこと言われたら、余計会いたくなりました。あの、ナオヤさんが良ければ、私の家に遊びにきませんか?あ、こういうのって、お見舞いって言うんですかね・・」
まさかの誘いに驚いた。家に誘うだなんて。
彼女がどんどん積極的になっていくことに、自分が追いつけなくなってきた。
いや、それとも、天然なのだろうか。そんな気がする。
「家に!?お、俺はもちろん良いけど、ご家族とか大丈夫なの!?何よりもひかりちゃんが迷惑なんじゃ・・」
「大丈夫です、家族には私から説明しておきますので。でわ、最寄駅と分かりやすいMAPを送ります。」
家の場所を教えてもらい、彼女は早々にメッセージを終わらせた。
こうして俺は、明日まさかの彼女の実家に出向くこととなった。
ー翌朝
あまり眠れないまま、当日を迎えた。
遊びにいくのではない、あくまでも、お見舞いにいくだけだ。
会える喜びと、緊張感が胸を締め付ける。
食べやすいものが良いと思い、夏場ということもあって、
百貨店で売っている少し値段が高めのゼリーを手土産に買った。
普段乗らないような地下鉄線に乗り、渋谷から30分程で最寄の駅に着いた。
ここが彼女の住む街。落ち着いた雰囲気で、交通量も少なく、住みやすそうなところだ。
MAPに寄ると、駅から徒歩5分程で着くらしい。
俺は少しでも気を紛らわせようと、Shineの曲を聴きながら向かった。
歩いている途中で、イヤホンから流れていた歌詞に注目した。
「家に誘う理由は
君に心を開いている証拠だ
あとは君がそっと心を包みこんであげるんだ」
歌詞と現実がリンクしていますようにと考えてるうちに、
表札に「小倉」と書かれている一軒家にたどり着いた。
そういえば、着いたら電話をするように言われていたのを思い出した。
おもむろに携帯を取り出し、かけようとしたそのとき、
ガチャ
玄関から、1人の男の子が出てきた。
中学生くらいだろうか。弟さんで間違いなさそうだ。
俺の存在に気付くと、少しけだるそうに話しかけてきた。
「もしかして、最近ねーちゃんが電話してる人?」
「どうも、初めまして。新道ナオヤと申します。今日はひかりさんのお見舞いにと、お伺いさせて頂きました。」
「あ、どーも。弟のカナタです。今呼んできますねー。」
今から出かけようとしてたのを止めてしまったみたいだ。
もしかしたら、俺に会うのが面倒だったから、来るまでに出かけようとしていたのだろうか。なんだか悪いことをした。
「もうすぐねーちゃん来るんで、中で待っててください。じゃ、ごゆっくりどうぞ。」
玄関まで案内したあと、カナタはスッと自転車に乗り、去っていった。
少し経って、ひかりが姿を現した。
可愛いらしい水玉のパジャマ姿だ。
目の保養とはこのことだ。
「ナオヤさん、わざわざ来てくれてありがとうございます。」
「いえいえ!それより、体調大丈夫?」
「はい、昨夜ゆっくり寝たら、だいぶマシになりました。あ、どうぞ上がってください。」
「お邪魔します。」
俺は彼女に着いていき、リビングへと案内された。
自宅というのもあってか、家の中では杖無しでも歩けるらしい。
リビングには、テーブルとテレビが置いてあり、たやすく想像できるようなごくごく普通の風景だった。
「そこに座っててください。飲み物を出しますね。」
「そんな、いいよいいよ!俺はお見舞いにきてるわけだし、ひかりちゃんはゆっくりしててくれないと!」
「いえ、私が呼んだんです。それに、ナオヤさんの声を聞くと、元気になりました。」
恥ずかしげもなく、そんな事が言えるのが羨ましくも感じた。
「そ、そっか。じゃあ・・お言葉に甘えようかな。」
目が見えていないと思えないくらい、慣れたように冷蔵庫からコーヒーをだし、
カップに注いだ。溢れたりしないのが不思議だ。
「凄いね、ひかりちゃん。見えていないのに、飲み物をいれれたりするんだ。」
「家のだけです。長年使っているカップなので、なんとなく感覚で分かるんです。あ、これ以上入れたら溢れちゃうな、とか。」
ひかりは、テーブルの上にコーヒーが入ったカップを二つ置いた。
「フレッシュとシロップ、一つずつで良いですか?」
「うん!ありがとう!なんだか、ひかりちゃんが盲目だなんて思えないな。凄く自然すぎて!」
すると、ひかりの口角が少し上がった。
「・・実は、家に呼んだのは、私が唯一、自然に行動できる場所でもあるからなんです。
ナオヤさんに気を使ってほしくなくて・・」
普通の感覚だと、好きな相手の実家に行くというのは、最大限に気を使ってしまうところでもあるのだが、ひかりの場合は違った。ナオヤは、その気遣いを知って、ひかりの優しさに触れた。
「ひかりちゃんは、本当に優しいね。最初は凄く怖い子だと思ったのになー!」
「もう~、まだ最初の事言うんですか~!!」
「ははは!あ、そうだ、手土産にゼリー買ってきたんだ!食べようよ!」
「ありがとうございます。いただきます。」
買ってきたゼリーを食べながら、談笑を続けた。
ひかりも思いのほか、元気そうで何よりだ。
しばらくすると、玄関から音が聞こえた。
リブングの方に足音が近づいてくる。
まさか・・・・
「ただいま~。あら、もしかして・・」
買い物袋を提げて登場したのは、推定40前半の、綺麗な顔立ちをした女性。
そう、ひかりの母親だ。
「は、初めまして!ひかりさんのお友達の、新道ナオヤと申します!」
「初めまして~、ひかりの母親のあきこです~。ひかりからよーくナオヤくんの話は聞いてるわよ~!
今日はお見舞いありがとうね~!」
気さくそうなお母さんでほっとした。良く俺の話をしているのか?
どんな内容なんだろうか。
「・・・・ナオヤさん、私の部屋に行きませんか?」
「え!?いや、そんな、俺はそろそろ帰るよ~!ひかりちゃんもまだ安静にしとかないと!」
さすがにお母さんも帰ってこられたし、仮にも風邪をひいているのに部屋にまで上がりこみのは気が引けるので、断ろうと思った。
そしたら、お母さんが・・
「ナオヤくん、良かったら部屋に行ってあげて~。ひかりったら、今朝風邪ひいてるのが嘘みたいに、私に部屋が片付いてるかチェックさせて・・」
「ちょっと!お母さん!余計な事言わなくていいの!」
ひかりは顔を真っ赤にして、立ち上がった。
「ナオヤさん、こっちです。」
俺は有無を言わさんとばかりの圧力にたじろぎ、お母さんに会釈をし、ひかりに着いていった。
去り際にお母さんの顔を見ると、とてもニコニコしていた。
ひかりの部屋は、1階の一番奥の部屋だった。
2階は弟と母親が使っているらしい。
階段の上り下りが大変だろうと、家族からの配慮だろう。
「どうぞ・・」
部屋に入ると、テレビとベッドと少し大きめのスピーカーが目に飛び込んできた。
特に女の子らしい部屋ではない。
「へ~、これがひかりちゃんの部屋か。テレビもつけたりするの?」
「はい。音だけ聞いてます。音楽番組とか好きですね。」
「なるほどね。あ、そうだ、約束してた俺のCD、持ってきたんだ!」
「わ~!凄く嬉しいです!ありがとうございます!」
「ただ・・俺が帰ったあとに聴いてほしいんだ。自分の歌を聴くのはなんだか恥ずかしくってさ。」
「分かりました。これでいつでもナオヤさんの声が聴けますね。寂しくなくなります。」
「っていうかひかりちゃん!まだ熱はあるみたいだから、せめてベッドに入りなよ!寝ながらでも話せるんだしさ。」
「・・・・そうですね、でわ、お言葉に甘えて・・。」
ひかりはベッドに入り、ナオヤは床にクッションを敷いて、座りながら話すことにした。
「ほんとに、無理しなくていいからね。いつでも会えるんだしさ!」
「いえ、むしろ無理をさせてるのは私の方です。風邪だってうつるかもしれないのに、歌を歌っているナオヤさんにとても失礼な事だと分かっているんですが・・」
「大丈夫!俺全然風邪ひかないんだ!だからちょっとくらいわけてほしいくらい!」
「じゃあ・・わけて・・あげま・・す・・」
「え!?」
俺は良からぬ方に想像した。
風邪をわけるっていうのは・・もしかして・・
「ど、どうやってわけるの?」
ほのかに期待を寄せつつ、返答してみたが、
スースー・・
静かに寝息が聞こえてきた。
どうやら、眠っているようだ。
「・・寝ちゃったのか。こうやって寝顔を見ると、まだまだ子供だなぁ。」
思わず触れたくなるような綺麗な頬を目の前に、俺は名残惜しむように立ち上がり、
部屋のドアを開けた。
何も言わずに帰るのも失礼なので、お母さんに挨拶しようと思い、リビングの方に向かった。
トントンと包丁の音がする。晩御飯の準備をしているのだろうか。
「ひかりさんのお母さん、今日はお邪魔させていただきました。僕はこれで失礼します。」
「あら、ちょっと待って!良かったら晩御飯も食べていけばいいのに~。」
「いえいえ、さすがにそこまでは!ひかりさんもベッドで眠っていますので。」
「あら、寝ちゃったのね。・・ナオヤくん、少しだけ時間あるかしら?」
「はい、大丈夫ですが・・」
「じゃあ少しだけ話しましょう!ちょーど美味しいクッキーもあるの。」
なにやら、俺と話したそうにしている。
もしかして、もう娘と会わないでほしいと言われるのだろうか・・
いや、そんな雰囲気は感じられない。
「分かりました。失礼します!」
さっきひかりと話していたテーブルに、コーヒーとクッキーが並べられた。
お母さんはとても綺麗な顔立ちだが、目元を見ると苦労が感じられる顔をしていた。
「ナオヤくん、ありがとう。ひかりと仲良くしてくれて。正直、びっくりしたわ。
今までこんな事なかったもの。」
「そんな、とんでもないです!むしろこちらの方が感謝しています。」
まさか感謝されるとは思ってもいなかった。
出会ったきっかけなどを聞いていたりするのだろうか。
ナンパみたいに思われているんじゃないだろうか。
「ふふふ、大丈夫。どこでどうやって知り合ったかも、ちゃんと聞いてるわよ。」
「そ、そうでしたか。」
親子揃って、魔法使いだなと思った。
「元々あんな性格だから、なかなか友達もできなくてね。それに加えて、目が見えないわけだから。
でもナオヤくんと出会ってからは、なんだか明るくなった気がするわ。」
そういえば、俺は彼女の過去をほとんど知らなかった。
本人には聞きづらい事が聞ける良い機会かもしれない。
「あの、ひかりさんは、いつから目が見えなくなったんでしょうか?」
「あの子が15歳のときだから、3年前かしら。突然の事で驚いた。急にひかりが、目が見えないって叫ぶもんだから。」
「そうだったんですか・・原因は分かるんですか?」
「原因不明なの。本当に突然の事で。でも、もしかしたら、その時から私達夫婦の仲が良くなくて、毎晩のように喧嘩をしていたの。そういう場面を毎日見ていたせいもあるのかな・・。」
お母さんは、コーヒーを飲みながら、少し目頭が熱くなっているようだった。
あまり悲しい話をさせるのは酷だったが、どうしても知っておきたかった。
「その、ひかりさんはお父さんとはもう会ったりしてないんですか?」
「会ったりはしてないみたいだけど、月に1回電話がかかってくるみたいね。あの人、離婚してからもひかりの事は心配してたから・・。」
「まだそうやって連絡を取り合う仲なのは良い事じゃないですか。ひかりさんにとっても、お母さんとお父さんは大事な存在なんでしょうね。」
「そうだったらいいんだけど、私達のせいでひかりがあんな風になってしまったんじゃないかって思うときがあってね。きっと、あの人も罪悪感でずっと連絡をしているのよ。」
「そんなこと言わないでください。僕はとっても大事に育てられた娘さんに思えます。目が見えなくても、とても気遣いができて、それでいてしっかりもので。御両親の努力の賜物です。」
お母さんは、我慢できずにいたのか、スッと涙を流した。
「ありがとね。ナオヤくんは若いのに、凄い人ね。ひかりが心を開くのも分かる気がするわ。」
「そんな、僕からしたら、ひかりさんとお母さんは魔法使いですよ。僕が考えてる事当てられちゃいますから!」
一呼吸おいたあと、俺は一番聞きたかった質問をした。
「あの、ひかりさんの目は、もう治らないんですか?例えば、手術をするだとか・・」
お母さんの顔つきが少し変わった気がした。
「・・・・ナオヤくんに相談したいことがあるの。」
俺に相談したいこと?想像もできなかった。
「はい、なんでしょう?」
「実は・・ひかりの目が治るかもしれない手術法は見つかったの。でも・・成功確率は低くて、それに失敗したらもう二度と治らないと言われてるの。」
「そうなんですか・・。本人はなんて言ってるんですか?」
「本人は、手術を拒否してるの。でも、このまま生活を続けても、治ることはないんだから、それなら少しの可能性にかけてみた方がいいと思うの。」
「そうですね。それはお母さんの意見に賛成です。」
「そこで、もし良かったら、ナオヤくんからも手術の件、催促してあげてほしいの。」
俺は悩んだ。確かに、目が見えるようになるかもしれないなら、どんなに可能性が低くても、
実行する価値はあるはずだ。
しかし、一生見えなくなるというリスクは、今見えないにしても、
ハイリスクハイリターンが大きい。
本人はより一層不安を感じるだろう。
「・・・・分かりました。できるだけ、やってみます。」
「本当に!?それは心強いわ。ありがとうね。」
こうして、彼女の実家初訪問は終わった。
お母さんとの約束を胸に秘め、外も暗くなり始めた頃、俺は小倉家を出た。
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