第6話 初デート

あの夜、長電話をして以来、俺達は頻繁に連絡を取り合うようになった。

そこで、俺が得た彼女の情報をまとめさせて頂こう。


名前は小倉ひかり。年齢は18歳。身長は158cm。

趣味は音楽鑑賞。好きな食べ物は甘いもの全般。嫌いな食べ物はグリーンピース。


家族構成は、母親と弟の3人暮らし。父親は離婚して、養育費だけを払ってくれているらしい。


深い話をするには、やはり顔を合わせて聞かないといけないと思い、なるべく暗い話題にならないように

気をつけていた。


初めて電話をしてから二週間が経った。

俺達は渋谷のハチ公前で待ち合わせをした。

実質、初めてのデートだ。


どんな服装が良いのだろうと、デート前夜に散々服を選んでいたのだが、

良く考えると、相手は自分の姿は分からないんだと気付いた。

そもそも、どのくらい見えていないのかさえも分からない。

どちらにせよ、意中の相手との初デートなのだから、気合いを入れないと。


相手を待たせてはいけないと、待ち合わせ時間よりも15分早く到着した。


それにしても、今日は暑い。外に長時間いるのは熱中症になりかねない。

少し早く到着して良かった。こんな炎天下の中、彼女を待たせられない。


それから10分後、白い杖を着いた女の子が近づいてきた。


前よりも少し伸びた気がする長い黒髪。

白いワンピースに淡いブルーのカーディガン。

太陽の光で透き通ってしまいそうな、真っ白な肌。


間違いない、ひかりちゃんだ。

制服姿しか見たことがなかったので、今日はなんだか大人っぽく感じる。

清楚で、とても綺麗だ。


俺はあのときみたいに、内心ドキドキしながら肩をトントンと叩いた。


「俺だよ、ひかりちゃん。ナオヤだよ。」


少し急いでいたのか、首筋に汗が流れていた。


「お待たせしました。暑いのにすみません。」

「全然待ってないよ!とりあえず、暑いしどこかに入ろう!」


どこかの喫茶店にでも入ろうと思い、俺は歩き出した。

そのとき、少し歩いただけで、彼女との距離が離れてしまった。

そうだった。同じように歩けないんだ。ましてやこんな人混みだ。

杖が人に当たらないように歩くだけで大変なはずだ。


俺はすぐに彼女の隣にいき、側にいることを分かってもらうように、

歩きながら他愛もない会話を続けた。

手を繋ぐのが一番効率的だと思ったが、彼女が嫌がるかもしれないと思い、

行動しなかった。


あまり歩かせるのは良くないと思い、駅からほど近い喫茶店に入った。

階段は避けて、路面にあるところを選んだ。

中に入ると、冷房が心地よい。汗がスッとひいていく。



「ふ~、涼しいね!今年の夏も暑くなりそうだな~。」

「暑いですね。私、汗だくになっていませんか?」


首筋に光る汗が、とても色っぽく見えた。

俺は、あまりまじまじと見ることができなかった。


「お、俺なんかより全然汗かいてないよ!さぁ、何飲もうか!」

「じゃあ私は、オレンジジュースでお願いします。」


オレンジジュースなんて言うあたり、まだまだ高校生だなぁと感じた。


「じゃあ俺はアイスコーヒーで。すみませーん!」


俺はオーダーを告げ、わりとすぐに飲み物が運ばれてきた。


「ひかりちゃんは、コーヒー飲めないの?」


「いえ、飲めないわけじゃないのですが、シロップとフレッシュを入れるのに手間取るので・・」


そんな理由で、俺達が普段注文するようなものさえ、躊躇してしまうのか。

俺はまだまだ配慮が足りないなと、反省した。


「そっか、じゃあ俺といるときは、遠慮なく食べたいもの、飲みたいものを頼んでいいからね。」


「・・ありがとうございます。私、男の人とこうやって遊ぶの初めてです。」


「え!?そうなの!?ひかりちゃん可愛いし、男の人たくさん寄ってきそうだけどな~!」


「若い人はあまり話しかけてきません。おじさんばっかりです。親切を装って、セクハラされたり・・」


「マジで!?許せない!!目が見えないからって!!」


俺は自分の事のようかに怒りがこみあげた。


「・・だから、ナオヤさんに出会ったときも、あんな態度を取ってしまったんです。すみませんでした。」


「なんだ、全然気にしてないよ!俺からしたら、こんな可愛い女子高生と知り合えただけでもラッキーだったし!」


ひかりは、クスクスと笑った。

彼女が笑うと、俺は心の底から救われた気分になれる。

まるで、魔法のようだ。


「ナオヤさんは、不思議な人です。私を普通の女子高生扱いしてくれるし、でも凄く気を使ってくれているのが伝わります。」


「そ、そうかな?俺は普通に接しているつもりだよ?むしろ、全然分かってあげれてないなぁって。」


「いいえ。男の人は、大抵肩を持ってきたり、手を繋いできたりするんです。そっちの方が一緒に歩くのも楽だし、ただたんに触りたいだけの人もいると思います。でも、ナオヤさんは、気を使って隣でずっと話しかけてくれていたでしょう?見えなくても、そういう気遣いくらい分かります。」


驚いた。ちゃんと俺の行動や言葉を見ているんだと。

目が見えなくても、人を見る能力に長けているんだ。


「でも、あまり気を遣いすぎないでくださいね。きっとそのうち、私の事なんて面倒だと思う時がきますから・・」


過去に何かあったかのような口ぶりだ。

表情が少し悲しそうに見えた。


「面倒だなんて思うんだったら、もうとっくに思ってるはずだよ?俺が好きでひかりちゃんと居るんだから、そんなネガティブな事言わなくていーの!」


「・・はい、すみません。気をつけます。」


「あんまりネガティブなことばっかり言ってると、もう電話してあげないよ?」


俺は、まるで自分が電話してあげているかのような発言をしてみた。

少しくらい、自分も上の立場になってみるのも良いかもしれないと、半ば試してみた。


すると、


「・・・・それは・・嫌です・・」


ひかりは、少しだけ顔を赤らめて、顔を隠すように下を向いた。


その仕草を見た俺は、あまりの可愛さに、心で何回も大好きだと叫んだ。


そんな世界一可愛い仕草をずっと見ていたかったが、あまりいじめ過ぎるのも良くないので、

話題を変えることにした。


「わ、分かればよろしい!あ、そうだ、電話で話してたShineのCD、渡しておくよ。」


「ありがとうございます。そういえば、ナオヤさんも音楽をしてらっしゃるんですよね?私、ナオヤさんの歌聴いてみたいです。」


俺はその時、自信を持って自分の音楽を勧めることができなかった。

特に何の結果も残していないような作品の数々。

ファンと呼べる人なんて、正直いない。

自分に自信を持てずにいた。


「俺なんて、ただの趣味みたいなもんだからさ!聴かせる程じゃないよ~。」


こんな発言をしている自分が、心底嫌いだった。


「・・私も、ナオヤさんの事、もっと知りたいんです。だから、お互い隠し事は無しにしましょう。それに、電話で音楽の話しをしているときのナオヤさん、凄く楽しそうでした。」


ひかりの言葉は、スッと自分の弱い部分を包みこんでくれた。

本当に、魔法使いみたいだ。


「そうだね。分かった!今度CD持ってくるよ!」


「はい、楽しみにしてます。」


喫茶店で、2時間近く話し込んだ。

そのあとは、渋谷のパワーレコードに向かい、知らないアーティストの新譜を試聴し回ったり、

ただ一緒に店内をウロウロするだけで、とても充実した時間になった。


お昼に集まったのだが、あっという間に夕方となっていた。


「ナオヤさん、すいません。そろそろ帰らないと親が心配するので・・」


「そうだよね!駅まで送るよ!」


帰りの道中、自分でも信じられない出来事が起きた。


突然ひかりが歩くのを止め、ボソっと俺に話しかけてきた。


「あの・・手・・繋いで・・くれますか?」


「!?」


聞き間違いかと思った。

いや、現実だ。ここで繋がないと男じゃない。


「う、うん。も、もちろん!!!!」


俺は、白くて細い左手を、若干の手汗を気にしながらも、ギュッと握りしめた。

そして、ゆっくりと歩きだした。

彼女の歩幅に合わせて、自分が眼となって。

手から伝わる体温が、夏の気温のせいなのか、それとも緊張からきている熱さなのか。

あっという間に、駅に着いてしまった。


「ナオヤさん、今日はありがとうございました。凄く楽しかったです。」

「こちらこそ!次は俺のCD持ってくるよ。」

「はい、楽しみにしてます。でわ・・また。」

「うん、気をつけてね!また連絡する!」


こうして、初デートは大成功におわった。

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