魔女と村娘の話 / 兎駒草

追手門学院大学文芸部

第1話

『天候を変える魔法は、ただ水分量を調整する魔法ではない。気候そのものを変更させる魔法である。それを常に覚えておくように。』

 魔女の意地悪な指導書として名高い、ポップローズの魔導書を読み終えたのは、魔女でも眠くなる朝5時であった。

「はぁー。それは充分解っています」

 読み終えた本を机の上に置き、蝋燭の火を消し、独り言を言いながらながらベッドに足を運ぶ。

「もう、水神にでも供物を捧げましょうか。魔女の威厳もへったくれもないですけど。このまま万年見習いとか、やってられないですからね」

 シーツの上に落ちている長い水色の抜け毛を床に払い、ベッドに潜り込む。

 窓から漏れる朝日が、室内を照らし、棚にあるアルコール漬けされている動物の目玉がこちらを見ているかのように、瞳孔を光らせていた。

 これが魔女見習いである、私の一日の終わりである。


 ドンドン。木製のドアを叩く音で目が覚めました。

「魔女さーーん。おはようございます! 朝7時ですよーー!」

 まだ朝の7時だ。こんな早い時間に誰が訪れるのだろうか。いや、私は既に解っている。

 鈴のような声だと称賛されている声ですが、今の私には鶏の鳴き声よりも甲高く鬱陶しい声である。

「まさか、約束を覚えていないわけではないですよね! はたまた、夜遅くまで起きていた訳もないですよね」

 そのまさかだ。

「まさか、魔女さんが約束を破るなんてことしませんよね」

「ええ、もちろんですとも、マリー。おはようございます」

 ドアを開けると、長く明るい茶色の髪の毛と笑顔がよくにあう村一番の美少女。マリー・ハーネットがいた。

「はい。おはようございます」

「では、入って待ってくださいね」

 私は彼女を招き入れ、お茶の準備を始める。

「あっ、また部屋を汚くしていますね。一昨日片付けたばっかりですよ」

 マリーが家に来ることは珍しくない。というのも、私が住んでいる家は、マリーのお父さんの持ち家であるからだ。大家の娘であるマリーは、家の様子を確認し、手入れをするという名目のもと、お節介を焼きに来る。

「いいですかマリー。私は自分の意志で汚くしているわけではありません。勝手に汚くなっていったのです」

「片付ける意思を持っていないとダメなんですよ」

 プンプンと怒りながら椅子に座る彼女を尻目に、沸騰したお湯をティーポットに移していく。

「にしても、魔女さんは何十年経っても部屋の掃除が出来ませんね」

「何言っているのですかマリー。私があなたと出会ったのは5年前です。それと、私はまだ24歳です。はい、お茶ですよ」

 私は正しい認識に訂正しつつ、マリーの前にある魔導書の上にお茶の入ったティーカップを置き、机を挟んで真正面に座った。いつもなら、『わぁーーーい。いただきます』という静かになるマリーだが、今日は口元を休ませなかった。

「それならしっかり家事が出来ないといけませんよ」

「どうしてですか?」

「家事力が0だと結婚できません!」

 彼女は、お茶を飲む私を神経な眼差しで見つめていた。しかし、その眼の中心には私はおらず、私を通して何か別のモノを見ているように感じた。

「あのですね。マリー。私たち魔女とあなた方人間の価値観を一緒にしないでください。あと、今あなたの目の前にある紅茶を入れたのは誰ですかね。それでも家事力0だと言いたいのですか?」

「むむむ。確かに魔女さんのお茶は美味しいです。けれど、こんな汚い部屋に好きな人とか入れることが出来ますか?出来ませんよね!恋したときに部屋の汚さを後悔しても遅いですよ」

「はぁー。その愛だの恋だの言っているのはあなた方人間のみですよ」

「それは嘘です。最近流行りの「人魚姫」では、人間に恋した人魚が書かれています」

「それも、人間が書いた物語でしょ」

「私は魔女さんの結婚式なら幾らでもしますよ」

「何回もしてもいいのですか」

 若い人間の女性は色恋沙汰を好むと聞いていたが、マリーもこんな風になってしまうとは、考えてもいなかった。5年前はあんなにも物静かで可愛いらしかったのに。

「とりあえず、私たちは色恋沙汰とは無縁なんです。それよりも、あなたはどうなんですか?幼馴染の彼とはどうなんですか?」

「・・・・・・・」

 私がマリーの幼馴染の話を持ち出すと、ここに来て忙しいなく働いた彼女の口は初めて休息を得ることが出来た。真剣な眼差しも徐々に下を落ちていき、顔を赤らめさせていく。

 マリーとその幼馴染は、引っ付きそうで引っ付かない。微妙な関係であった。マリーから始めて、恋バナをされたのは、まだ彼女が物静かな時である。

 先ほどから彼女に伝えているように、恋愛とは無縁な私が彼女にアドバイスなど出来るはずもなく、いつも彼女の話を聴いてあげた。

「二日前にデートに行く話は聞きましたよ。どうでした?その反応を見るに喧嘩したわけでは無さそうですけど」

 マリーは私の言葉に反応し、休ませていた口をまた忙しなく動かし始めた。しかし、口から音が出ることは無く。何を言おうとしているのか迷っているような感じであった。

「あ。あのね。魔女さん」

 マリーはぽつぽつりと言葉を出していく。

「私ね。その、プロポーズされたの。昨日。いつも行く花畑に行って、二人で私が持ってきたお昼ご飯を食べて。その後に、丘を登って夕陽を落ちていくのを見届けたの。そして、そこで・・・・・・・」

 マリーは途中で黙り込んでしまった。きっと恋愛に興味がない私に、何を話せばいいのか考えているのだろう。

 私は色恋沙汰には興味が無い。しかし、マリーの話では別である。5年間も彼女の切実な思いと、激情を聴いてきたのだ。今更、興味が無いと切り捨てられるわけがない。妹のような彼女の夢がこうして叶う事は喜ばしい。

「それはおめでとうございます。良かったじゃないですか。長年の悲願が達成できて」

 私が祝福の言葉を送ってもマリーは視線を下にしたままだ。

「どうしたのですかマリー?恋愛に興味がない私に言われても嬉しくないですか?そうですよね。あっ、せっかくですから、ケーキでも焼きましょうか。確か、人間の文化では祝い事のたびに大きなケーキを作るらしいじゃないですか。私も気合を入れて作りますよ」

 今ある砂糖だけでは難しいかもしれないが、魔女の伝手を使えば手に入らないわけではない。家事力0と言われたこともあるし、ここは私の力をマリーに見せつけるのも悪くない。

 私がどんなケーキを作ろうかと考えていると、やっとマリーが私の方を見つめて口を開いた。

「あの。魔女さん。別に嬉しくないわけではないです。ケーキもすっごくありがたいですし、楽しみです」

 今度こそマリーの瞳は私を捉えてくれていた。マリーの瞳に映る私はユラユラと揺らめいていた。

「彼からの告白もすっごく嬉しくて、直ぐに返事をしたんですよ。その後、彼は用事があるからと直ぐに別れて帰宅したんですけど。それはもう、私は大はしゃぎです。スキップしながら帰路を歩きましたし。食事している時も家族にべらべら喋りましたし。夜も嬉しすぎて舞い上がってしまって、お父さんとお母さんに怒られてしまいました。」

「ふふふ。その様子を見ていなくても簡単に想像できてしまいます」

「でも。私。寝る直前にふと思っちゃったんです」

「何をですか?」

「私でも良いのかなって。ほら、私って、すっごく煩いですし、遠慮も無いというか。子供っぽい所もありますし。というか、まだ子供だし。ちゃんとお付き合いして、家族としてやっていけるのか、不安で不安で、不安がいっぱい溢れたんです」

 マリーは涙を少し流しているが、決して私から視線を外さない。

「彼は、自分のことで忙しいのに私にまで気を遣ってくれるほど優しいです。大工見習いとして朝から晩まで働いているような真面目な人です。私なんてこうやって魔女さんとお茶を飲んだり、遊んだりしているだけです。何もやっていませんし、何も出来ません。私なんかで彼と釣り合えるのでしょうか。私は彼の隣にいて、彼を不幸にしないでしょうか。または、愛想をつかれたりされないでしょうか。しっかり、支え合うことが出来るのでしょうか。私は、彼を幸せだと感じさせることが出来るのでしょうか。私はもう、不安で不安で夜も眠れなくて。もう、私が解らないのです。不安であるはずなのに嬉しくて、嬉しいはずなのに不安で。私はどうしたらいいのですか。なんて、言えばいいんですか。教えてください!」

 マリーは、勢いよく噛まずに私の不安をぶつけ、私の言葉を待っている。

 しかし、私は彼女がどんな言葉を求めているのか解らない。私は魔女であるからだ。

 理解ある経験ある人間の大人ならしっかりと彼女を勇気づけ、一歩を踏み出させることが出来るのだろう。しかし、私は魔女である。

 それに、歳だけみたら私の方が年上であるが、魔女の寿命的に見たら私はまだまだ幼い分類であり、通過儀礼すら終えていない見習いの私は成人とは言えない。

 それに対してマリーは、人間の16歳であり、結婚し、子供を作れる。口ではあんなことを言っているが、彼女は村一番の美少女であり、私の部屋を掃除するように世話好きで、私と話しが出来るほど教養を持っており、私と別れたら家の畑仕事をしている。5年前の彼女とは違う。今の彼女は立派な女性であり、成人である。

 そんな彼女に、こんな私はどんな言葉を言えばいいのだろう。

 長い静粛が部屋を支配する。難しい魔法の実験をしている時と同じかそれ以上の緊張を感じている。

 アルコール漬けされた目玉が私に早く何か言えと催促しているように見ているような気がする。

 ポタポタという音が魔導書の上から聞こえてくる。マリーのために入れたお茶は一口も飲まれることなく冷めてしまっている。

 私の言葉で彼女の不安が消えるかどうかもわからない。逆に、不安を煽るだけになるかもしれない。

 私が魔女だから。魔女だから。人間じゃないから彼女にかける言葉が無い。私は初めて、人間というのを羨ましいとか思った。生まれて初めて人間というものになりたいと思った。

 人間だったら、私は。友達の涙を止めることが出来るのに。魔女なのに魔法の言葉一つ思いつかない。魔女見習いの私は彼女を元気づけることすら出来ない。

「へへへ。やっぱり興味ないですよね。私の話。一人馬鹿みたいにはしゃいで落ち込んで。朝早くから魔女さんの家に着て。迷惑ですよね」

 下手くそな苦笑いをする彼女は痛々しく、鋭く私の心を刺していく。

 私はそんな彼女の表情を見たくなくて。でも、顔を背くことも出来ないから。だから、私は机を払いのけて、彼女を抱きしめた。考えて行動したのではない。身体が勝手に動いていた。

「・・・・・・・魔女さん?」

「マリー。そんなことないですよ。私はあなたの話はとても興味があります」

 私の鼓動音が早まるのを感じる。体温が高まっているのも感じる。それは、抱きしめているマリーが暖かいからだけではないこともよく理解することが出来た。

「マリー。私は魔女です。魔女なので、あなた方人間の気持ちや考えを理解する事が難しいのです」

「・・・・・・・。はい」

「だから。私は、あなたの友達として話していきます」

「・・・・・・?魔女さんどういー」

 マリーの発言を遮り、私は優しい声で話を始めた。

「まずマリー。あなたは自分が思っている以上に働き者で気遣いが出来る素敵な女性です。確かに、子供ぽいところはあります。でも、それは可愛らしい一面でもあります。私も疲れている時にあなたの元気な姿を見て癒されたのか。きっと彼も、あなたの姿に癒され、元気を貰っているはずですよ。それに私よりも彼とは長い付き合いなのでしょ。なら、あなたが思っているような事全て、彼は知っていますよ。きっと、あなた以上に、あなたについて詳しいです」

「本当でしょうか?」

「本当です。そして、知っているうえで、あなたに告白したんです。だから、何も不安になることもありません。大丈夫です。安心してください。彼は。マリー。あなたをしっかり受け止めてくれます」

「本当に、本当に?」

「しつこいですね。私が言うのですよ。世界でもっとも可愛く天才な私が言うのですから。安心してくださいよ。もし、何かあったら。いつも通り私に相談してください。アドバイス出来ることは無いかもしれませんが、心落ち着くお茶ぐらい出してあげますから」

 私は話し終えると同時にマリーの頭を撫でいった。彼女の髪はいつもと比べるとごわごわしている様に感じるが、きめ細かく、すーっと流れていく。私はマリーのお母さんみたいに、母性が溢れているわけでもない。けれども、きっと友達として最大限の言葉を投げかけることが出来た気がする。

 抱きしめる手を弱め、顔を上に上げさせた。

「ほら、マリー涙を止めてください。あなたに涙なんて似合わないですよ」

 涙を優しく拭いてあげる。私は微笑みながら彼女に告げる。

「あなたはマリー。この村で。いや、世界で一番笑顔が似合う少女ですよ」

「はい。私は村一番の笑顔が似合う美少女です。へへへへ」

 へへへっと笑みを浮かべるマリーはとても可愛らしかった。

「へへへ。あっ、魔女さん、魔女さん魔導書大丈夫なんですか?お茶かかって濡れてしまいましたよ」

「あーー。そうでしたね。まぁ、大丈夫です。何とかなります」

それに、あんな意地悪な魔導書にお茶がかかって濡れようが知ったことではない。

「あとあと。魔女さんって私のことちゃんと友達と思ってくれていたんですね」

「それはもちろん。逆にマリーは何だと思っていたのですか?」

 少し目を細めたマリーは、口を尖らせた。

「何って、ただの客人か大家の娘だと思われていると思っていましたよ」

「それはなぜ?」

「なぜって、魔女さんがいつまで経っても名前を教えてくれないからですよ!」

 やっといつもの口うるさいマリーに戻ったことで安堵した。やっぱり、マリーはこれぐらい元気合った方が良い。

「魔女さーーん。私の話を無視ですか?名前ですよ。名前。教えてくださいよ!友達なんですよね?」

「はいはい。解っていますよ。マリー」

「では、私に名前を教えてください」

「仕方ないですね。誰にも言ってはいけませんよ。私の真名は——」




 これは、とある魔女見習いの物語。





あとがき


 ペンネームを変えました。兎駒草です。よろしくお願いいたします。

 謝罪から、支離滅裂すぎてすみません。状況がごたごたしていてすみません。部屋の内装を描写不足ですみません。彼女たちの話している様子を明確化しないといけませんでした。特に、身体表現ですね。でも、なんかバストとか身長とかデリケートすぎて書けませんでした。少し、恥じらい過ぎたのかもしれません。

 ところで、私はいつから恋愛小説から女の子の友情物語を書いていたのでしょうか。

 これは冒頭のつもり書いていました。それを無理やり短編小説として落とし込むことで、それっぽいものが出来上がった気がします。百合は読まないのでこれは百合なんですかね?ちょっと、私にはわかりません。

 魔女さんの恋物語はここから書かれる予定でした。本当です。ちゃんと告白シーンと拷問シーンと発狂シーンは書いていたのですよ。えっ?ホラーの間違いでは?ソンナコトナイヨ。

 今回は割とプロット書けているので、春休み中に続きを執筆して、何処かに投稿します。まぁ、嘘かも知れませんが。

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