第4話 里帰りと後輩
「んで、どうなんすか?」
矢賀さんの言葉で私は現実に引き戻される。昨晩の出来事を思い出してみるが……どこまで伝えるべきか、少し思案する。が、考えてもしかたないか。
「まあ……あなたの助言のおかげで、例の彼女とはうまく行きまして、お付き合いさせて頂いていますよ」
その言葉とともに矢賀さんの顔が喜色に輝く。先ほどまでのにやにやという表情ではなく、純粋に喜んでくれているようだ。
「イエーイ、やりましたねっ!」
矢賀さんは両手をずいっと顔の前に出して……こんな衆人環境でするのは少々年齢的に恥ずかしいけれど、まあ、いいか。
私も同じように両手を上げると矢賀さんは力強く両手でハイタッチしてくる。こんなことをしたのは一体何年ぶりだろうかね。
「いやあ、ほんと良かった良かった!」
「まあ、いろいろお世話になりました。ありがとう」
「おおっと、素直にお礼を言われるとちょっと恥ずかしいっすねえ」
そう言われると私としうても少し照れ臭くなってしまう。
「ま、受け取って頂けると。例のネックレスも大層喜んでいて、部屋でもつけたり外したりしているね」
だからか、口からそんなことを漏らしてしまうが、それを意味を聞き流すほど矢賀さんは鈍くない。
「……んー?」
「あ」
自分の失言に気が付き、思わず矢賀さんから目を逸らす。
「……ま、今日はおめでたい日ですのでぇ、聞かなかったことにしてあげますよぉ」
私の額には若干の冷や汗がにじみ始める。別に悪いことをしているわけでもないのに、なんだこの感覚は……。
「……ありがとう」
だから、動揺した精神状態ではこのくらいを絞り出すことしかできなかった。
「誠司さーん、『夏を過ぎたひまわり』みたいになってきましたねえ」
そのたとえの正確な意味をとらえることはできなかったが、矢賀さんの口元からしていつものように私をからかっていることはよくわかった。
◇◇◇
「そういえば、もう年末ですけど矢賀さんはどうされる予定ですか?」
届いたハンバーガーを口に運びながら、年末にはよくある話題をふる。矢賀さんの家族構成は、ご両親に何人か兄弟姉妹がいたはずだ。
「あー……まあ実家に帰りますよ」
私のものに比べて1.5倍くらいはありそうなハンバーガーを器用にきれいにかじりながら、彼女は答える。小柄なのに、見ていて気持ちいくらい本当によく食べる子だ。
「そうでしたか。それは、ゆっくりできそうですね」
先ほどの発言の際に、いつも快活な矢賀さんが若干ながら言いにくそうにしているようにみえたため、悟られない程度に言葉を選ぶ。
何かあるのかもしれない。しかし、上司として社会人として、そこまで踏み込むことに抵抗があった。
選んだはずの私の言葉に彼女の眉が少しだけ動いたように見え、それが好ましい反応ではないことはよくわかった。
しかし、何かあるであろう本心を矢賀さんが吐露することはなく、「そっすねー。ま、適当にゲームして過ごします!」なんて、装ったであろう明るさに隠されてしまった。
「誠司さんはどうするんです?」
さらりと話題が僕に向けられるため、私も深追いはせずに普段通りの会話を心がける。
「私は家でゆっくりしますよ」
「彼女さんと?」
さっきの「聞かなかったことにする」というのはどこにいったのか。まあ、いいんだけど。
「そういうことです。ですので、初詣とかは行くかもしれませんね」
「もうちょっと表情を変えてくれないとつまないんだけど……でも、いい年末になりそうっすね」
どうしてだろうか。彼女の表情はにやにやとしているはずなのに、どこか羨ましがっているように見えた。
私にはその繊細な表情に対して、上手な言葉を返せるはずもなかった。
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