第2話 ランチと後輩

話は遡り、年末営業最終日。12月28日の13時である。


「いやあ! 今日のせんぱいは植物みたいな感じじゃなくなってからかいがないっすね!」

「久しぶりに対面して、一言目がそれですか?」

「いやいや、この前会ったばかりなんだから全然久々じゃないっすよ! で・も・ねー、いいことあったんじゃないんすかあ?」

あっけからんとそんなことを言うショートカットの女性。いつもこんな感じの、一般的には失礼と言える態度だが、別に本人にも悪気があってこういう態度なわけではないと思う。

首に大きなヘッドホンをかけたまま、オーバーサイズのプルパーカーにダッフルコートというカジュアルな服装。別にまったくのカジュアルなランチなのでまったく問題ない。

「まあ……お陰様でね」

私は言葉を選びつつも感謝の言葉を伝える。

私の現状も彼女――矢賀エルの助力があったおかげなのは間違いない。矢賀さんのアドバイスで選んだネックレスは大層、シノさんに気に入ってもらえ、お出かけしていない部屋の中でも頻繁に彼女の胸元で煌めいている。

「次の、ランチ会、ではあ、彼女のこと、ちゃんと、紹介してください、よぉー」

矢賀さんは両手を天に突き上げつつ、そのまま激しく左右に頭を揺らしながら、妙に間延びした声でそんなことを言ってくる。

一応シノさんと矢賀は顔を合わせたことはあるが、本当に挨拶しただけだ。しかし、後輩にわざわざ自分の恋人を紹介するかというと……

「嫌です。今月のランチ会は会社の経費でしっかり開催しますが、わざわざ部外者を連れて行ったりはしません」

しれっとそんなことを言う。実際のところは、シノさんが来たがった場合には連れてくることもやぶさかではない。会社の規定的にも特に問題はないのだし。

「えー!ケチくせえ!」

「いや、既婚者の方だってわざわざ自分の奥さんを連れてきたりはしないのだから、なにもおかしなことはないでしょうに」

「つまらんもんはつまらん!」

まるで子供のように頬を膨らませて、そんなことをいう矢賀さん。子供っぽい仕草だが、妙にしっくりから不思議である。

「だから、なんか面白い話を聞かせて下さい! それまでは私はここを梃子でも動かんぞ!」

「じゃあ、先に入りますね」

私はさっさと今日のランチ会のお店に入る。本日は、チェーン店よりもちょっとだけ高いハンバーガーのお店である。矢賀さんが「ジャンキーなものにしましょう!」と声高に主張していたので、悩んだ末にシノさんから紹介してもらったのである。以前にグルメな佐須杜さんと一緒に行ったらしいので、私としても結構期待している。

「おおっとスルーとはいい度胸ですねえ」

梃子でも動かない矢賀さんはあっさりと私の後ろについてきて入店を果たす。

お昼時を若干過ぎているので、比較的店内は空いており、二人対面の席にスムーズに座ることができた。

「はい、メニューどうぞ」

「あざっす!」

彼女は食い入るようにメニューを見つめ、「これにします!」と驚異的なスピードで決めてしまう。

「せんぱいはどうします?」

「うーん……ちなみに矢賀さんは?」

「アボガドトマトビーフゴルゴンゾーラチーズマシマシにオニオンリング、コーラLサイズ! エルだけに!」

「……なるほど」

重たい、そうとしかいえない。私がそんなものを食べたら晩御飯もお粥くらいしか食べられないだろう。

「私は……この月替わりバーガーとポテト、アイスティーのセットにします」

「今月はなんです?」

「メキシカン風のやつみたいですよ」

「おーいえー、めきしかーん!」

よくわからないけれど、満足そうにしているからよしとする。そして、ある程度スルーしないと流石についていけない。

店員の方に注文をお願いしたところで矢賀さんがヘッドホンをリュックにしまいながら、話しかけてくる。矢賀さんの口元が不自然に緩んでいて――つまり、にやにやという表情に内心溜息をつきたくなる。

「さて、後輩殿は面白い話をご所望ですよ? 具体的にはプレゼントの反応とかクリスマスの結末とか!」

まあ、その話を聞きたがるだろうとは思っていた。

しかし、彼女が期待するような面白い話なんて――と、私はついつい最近の日常に思いを馳せる。

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