接吻
「お兄さん、こんなとこにいたら風邪ひいちゃうぞ」
聞き覚えのある声に、頭から掛けられたタオルを取った。
「今井さん、会いたかった……」
目の前に、傘を差し伸べる羽月ちゃんがいた。彼女の瞳があっという間に潤んで、涙が溢れ出した。
僕は立ち上がり、彼女を抱き締めた。強く強く、壊れるくらい抱き締めた。
そこで自分が雨でずぶ濡れになっていることに気がついて、彼女から離れた。
「ごめん、俺、びちょびちょだった」
「やだ。もう離さない」
羽月ちゃんはそう言うと、傘を放り投げつま先立ちになりながら、僕の胸元に飛び込んてキスをした。
二人が離れないように、彼女の両腕は僕の首に巻かれている。
冷え切っていた僕の心に、みるみるうちに炎が灯ってゆくのがわかった。
雨の中、彼女の濡れた黒髪を優しく撫でる。何度も何度も愛おしむように。
僕は羽月ちゃんと初めて出会った日のことを思い出していた。
公園のベンチで雨に打たれながら座っていた彼女。黒い子猫を優しく撫でていたっけ。
今、僕はあの時の子猫のような小さく華奢な羽月ちゃんを、包み込むように優しく抱きしめている。
彼女と一緒にいると、激しい雨の中でも陽だまりの中にいるような暖かさを感じた。
時間がゆっくりと進む。
ふと見上げると雨粒のひとつひとつが色とりどりに優しさを帯びていた。
緑色の雨の中で出会った僕らは、たくさんの想い出と想いを抱いて、今再び一緒に歩きだす。
僕の世界に降っていた無色透明な冷たい雨は、彼女の世界に降る色とりどりの優しい雨に変わっていった。
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