Stay with me

冷たい雨の中、びしょ濡れになりながら抱き合っていた僕たちは、空港近くのホテルにいた。


彼女が搭乗予定だった便は、悪天候のため早々に欠航になり、天候の回復を待って明日の昼出発予定とのこと。

自宅まで行き来するのも大変だろうと、羽月ちゃんのお父さんが系列のホテルの部屋を取ってくれたそうだ。

お父さんは明日から仕事なので、見送りに来ていたお母さんと一緒に帰ったらしい。


「今井さん、お風呂にお湯ためたから先に入っちゃってください。早く暖めないと風邪ひいちゃいますから」


「でも羽月ちゃんも雨に濡れちゃったじゃないか。羽月ちゃんこそ先に入りなよ」


僕はいろいろと申し訳なくて先に勧めた。


「でも年長者の今井さんを差し置いてそんなこと出来ませんよ」


さすがいいとこのお嬢さん。あのお母さんの教育がしっかりしてらっしゃる。


「いや、レディーファーストだよ。羽月ちゃんが休むためにお父さんが取ってくれた部屋なんだし」


埒があかない。でもこんな会話のひとつひとつが愛おしく思える。


「む、むぅ。キリがないですね。じゃあ、今井さん、一緒に入ります?」


「え?一緒にって、羽月ちゃんと一緒に入るってこと?」


「他に誰と入るんですか!」


「え?え?いや、あ、あうっ、でも、えー?どうしよう……、いや、そんな、えー?」


羽月ちゃんからのあまりに予期せぬ申し入れに逡巡していると、


「い・ま・い・さんっ!」


「ひゃっ、ひゃい?」


「えっち!」


完全に羽月ちゃんに手玉に取られてしまった。


「どうぞお先にお入りください」


「は、はい」


僕は羽月ちゃんのあんな姿やこんな姿を想像してしまった恥ずかしさに、何も反論できずに素直に風呂へ向かった。



「あれ、もう出たんですか?もっとゆっくり暖まればよかったのに」


ソッコーで風呂から出てきた僕にビックリしていた。


「うん、とても気持ち良かったけど、羽月ちゃんに風邪をひかすわけにはいかないからね」


「も、もうっ、相変わらず今井さんは優しいんだから。じゃ私も入っちゃいますね。暖房強めにしといたのでまったりしててくださいね」


そう言って羽月ちゃんはバスルームへ消えていった。



『グゥ〜〜〜〜』


僕の腹が盛大に鳴り響いた。気がつけば、朝トーストを一枚食べただけだ。そりゃ、腹も悲鳴をあげるだろう。


「羽月ちゃん、晩飯食べに行かない?」


「え?いいですけど……でも、あの、これじゃ駄目ですか?」


そう言うと彼女はスーツケースからカッポヌードルを取り出した。


「あ、あの、私、食べに行くんじゃなくて、少しでも長く、今井さんと、二人っきりでいたいから、なんちって……」


顔を真っ赤にしながら彼女が呟く。


「羽月ちゃん」


「な、何ですか?」


「大好き」


「え?カ、カッ、カッポヌードルがですか?」


「ううん、羽月ちゃんのことが大好き」


「…………」


彼女の白い肌が真っ赤に染まってゆく。そして『ぽんっ!』と音がして『しゅー』と白煙があがる。

久しぶりに見るポンコツ羽月ロボは無茶苦茶可愛い。



ふたりで食べながらいろんな話をした。仕事のこと、留学のこと、恋愛のこと、そして怜のこと。気がつくと時計の針は12時を回っていた。


「あ、もうこんな時間か。そろそろ帰らないと……」


僕は遠慮がちに言った。


「えっ?……もう帰っちゃうんですか?」


ふと寂しそうな表情を浮かべる彼女。


「うん、仕事あるし……。それに、会社のみんなに迷惑掛けちゃうしね」


そう言いながらも

『帰りたくない』

『このまま彼女と一緒にいたい』

と、強く思った。


えっちゃんに言われたことを思い出す。


『今井くんにも幸せになって欲しいんだ。自分のために動いて幸せを掴んでほしいな』


そして篠崎さんの顔が浮かんだ。


『困った時は何でも言ってね。こんな私だけど力になるからさ』


僕はスマホを手に取り、篠崎さんに電話した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る