名前を呼ぶよ

『会えたんだ!良かったね。私も嬉しいよ。え?明日、わかった。任せなさい。私が何とかしとく。うん、1杯おごりなさいよ。』


篠崎さんは気持ちよく僕の願いを受け入れてくれた。


『今井くん、おめでとう。幸せになるんだよ』


そう言って電話を切った。その言葉にちょっと涙が出た。ほんと頼りになる先輩だ。


「というわけで会社は休ませてもらうことにしたから。俺も羽月ちゃんともっと一緒にいたい、もっともっと」


「今井さん」


「ん?」


「今井さん、今井さん、今井さん、今井さんっ!!」


羽月ちゃんが突然僕の名前を連呼する。


「な、何?どしたの?」


「今井さん、だーい好き!」


そう言いながら満面の笑顔で僕に抱きついてきた。

僕は彼女を受け止め、ぎゅっと抱き締めた。


『むにゅ』


僕の胸に微かーに感じる柔らかな感触。


「え?むにゅ?」


思わず僕は声に出してしまった。すると羽月ちゃんはコホンと息を整えて言った。


「エッヘン!だから言ったじゃないですか、『まだ成長中です』って! もうぺったんこなんて言わせませんからねっ!」


羽月ちゃんは人差し指を立てた右手を突き出しながら言い、まるで巨乳さんになったかのように誇らしげに胸を張った。


――でも、きっと、AがBになったんだよね? そんな胸張らなくてもいいと思うよ……。



「髪も伸びたね。伸ばしてたの?」


ショートだった彼女の髪は、最初に会った時と同じくらいに伸びて鎖骨にかかるほどになっていた。


「はい、いつか今井さんに会えるときのためにって伸ばしてました。ロングヘアが好きって前に言ってたから……」


「うん、綺麗。とっても似合ってるよ」


「えへへ~」


僕の言葉に彼女の顔が緩む。

こんなふとした瞬間に幸せだなと思った。


たくさん話して、たくさん笑った。一年以上会っていなかったことが嘘みたいに、これっぽっちの違和感もなかった。


「ねぇ、羽月ちゃん」


「はい?」


「俺、ずっと待ってるから」


「え?何ですか、急に」


「羽月ちゃんが帰ってくるのをいつまでも待ってるからさ」


「……」


「ずっと羽月ちゃんの笑顔を見ていたいんだ、君の隣でね」


「今井さん、ありがとう。でもズルいな、明日旅立つ私にそんなこと言うなんて……」


羽月ちゃんの顔が歪む。


「そんなこと言われたら、行きたくなくなっちゃうよ!」


瞳が潤んだと思ったら、次の瞬間には涙が止めどなく溢れ出した。

髪が伸びて胸が膨らんでも、泣き虫は変わっていなかった。


「羽月ちゃんは、高校は卒業しても泣き虫は卒業できてないんだね」


「よしよし」と彼女の頭を撫でながら僕が言うと、


「い、今井さんのばかっ!大っ嫌い!」


と泣きながら言う。


「ホントに俺のこと嫌い?」


「うっ、うっ、だっ、大好きっ……」


「はーちゃん、よく言えました。俺もはーちゃんのこと大好きだから大丈夫だよ。何も心配しないでいいから安心して行ってきな」


「うっ、うん」


涙を流しながらの彼女の笑顔に撃たれた僕は、彼女をぎゅっと抱き締めた。


「羽月ちゃん、どうもありがとう。君に出会えて俺は幸せだよ」

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