最後の雨

強まる雨の中、成田空港に到着した。もう夕方を過ぎ、夜と呼べる時間だった。


駐車場に車を停め、ターミナルへ向かった。

ターミナルはまだ多くの人で賑わっていた。


――この天気で出発が遅れている?


微かな期待を抱きながらエア・マルセイユの搭乗カウンターを目指した。


――彼女に、羽月ちゃんに会えるかもしれない。会いたい。


徒歩から早足、そしてしゃにむに走った。


「羽月ちゃん!」

「羽月ちゃん!」


「羽月ちゃん!」


走りながら彼女の名前を叫んでいた。

周囲の人が何事かと振り返る。


ターミナルの中を走っていくと、エア・マルセイユの搭乗カウンターが見えてきた。


しかし、


ターミナルの喧騒が嘘のように、そこに人はいなかった。ブースも搭乗カウンターも照明が落とされ、クローズとなっていた。


『もう一度、羽月ちゃんに会う』


その思いだけでここまで来た僕は、呆然と立ちすくむことしか出来なかった。



僕は何もする気になれず、ソファに浅く腰掛け、両肘を両膝の上に置き、腕をだらりと垂らしていた。


――また大切な人を失ってしまった


後悔、自責、怒り、悲しみ、様々な感情が僕を責め立てる。悲しいはずなのに涙も出なかった。ただ、空虚が僕の心を支配していた。


ふと前方を見ると『展望デッキ』の表示が目に入った。僕は何かに導かれるようにそこへ向かった。



冷たい雨が吹きつける展望デッキ。本来ならば大切な人の旅立ちを見送る人や家族連れで賑わっているのだろうが、さすがに人っ子一人いない。


フェンスの向こうには離陸していく飛行機が見えた。ライトをたき、水しぶきを上げながら飛んでいく様は、とても力強く、眩しく見えた。

僕は弱々しくフェンス近くのベンチに腰掛けた。

背もたれに寄りかかり、うつろな目で空を見上げる。激しい雨が僕の身体と心に突き刺さった。

多分僕は泣いていた。降り注ぐ雨が涙も一緒に流すので、ハッキリはわからない。でも心の底から悲しみが次から次へと溢れ出てきているのはわかっていた。


3月の冷たい雨が僕の身体から熱を奪ってゆく。


――いっそこのまま水となって消えてしまいたい


僕はゆっくりと目を閉じた。


――やっぱり雨は嫌いだ……。



どれだけの間、雨に撃たれていたのだろう。

どれだけの涙を流していたのだろう。


僕に降り注いでいた雨が止んだ。


しかし、展望デッキのフロアに打ちつける雨音は変わっていない。


不思議に思い、ずっと閉じていた目を開けた瞬間、


『ふぁさっ』


僕の視界は真っ白に覆われた。

頭から胸までふわふわの感触が僕を包み込む。


「お兄さん、こんなとこにいたら風邪ひいちゃうぞ」


発せられたその声は、マイナスイオンを纏っていた。

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