3月は午前様

3月の建築関係は忙しい。

年度末ということで引渡し件数も年間で一番多いのだ。


「今井、メシ食いに行かねー?」


先輩の鶴岡さんからお声が掛かった。


「いいですけど、今、夜の9時ですよ。何時まで働くつもりですか?」


「仕方ねーだろ、終わらないんだから。うーん、とりあえず25時くらいまでには終わらせたいね」


こんな調子で、午前様はあたり前となる。

営業としてはそこまで忙しくはないのだか、決して大きな事務所ではないので、社員総出で業務をこなすのだ。


「ほら、今井くん!そこの図面をきちんと畳んで製本して!」

「そんなチンタラしないで早くやりなさい!」

「カーッ!使えないわねー!もういいわ、私がやるから。あんたはこっちやって!」


設計の篠崎さんは殺気立っている。

毎年3月はこんな感じになるらしい。



「あー、疲れたー!」


僕はデスクに突っ伏して、伸びをしながら叫んだ。


「お疲れ様。今井くん、ありがとね。すっごく助かったわ」


篠崎さんが優しい言葉を掛けてきた。彼女の目の下には薄っすらと熊が出没している。


「ホントですか?あんなに罵声を浴びせてたのに……」


「えっ? 気のせいよ、気・の・せ・いっ。そんなことより明日は休みなんだから早く帰ってゆっくり休みなさい。まだまだ3月は続くんだからね」


「そうですね。とりあえず帰って寝ます。明日のことは明日起きてから考えます。ていうか、起きれないかもしれませんけどね」


「今井くん、明日は仕事だよ。ほら、もう日付変わってるんだから今日の話よね」


「はぁー。そりゃ疲れるわけですね。じゃ、帰りましょっか」


残ってた数人で事務所を閉めて外に出た。しとしとと雨が降っている。


「今週はよく降りますね」


「雨だと外構工事できないから困っちゃうのよね。明日は本降りの雨らしいし……」


「本降りですか……。じゃ、家でおとなしく休んでます。悲しいことが起こるのはいつも雨の中ばかりなので」


「そうね。しっかり休養を取って来週も頑張りましょ」


そんな話をして別れた。



帰宅した僕はまっすぐ自分の部屋に向かい、そのままベッドに倒れ込んだ。


机の上に一通の手紙が置かれているのが目に入ったが、起き上がる気力もなく、深い眠りに落ちていった。

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