そして空へ

その時、背後から声がした。


「やはり今井くんだったんだね」


振り向くと初老の夫婦が立っていた。怜のご両親だった。あの時、僕を罵倒した時の怒りと悲しみに溢れた顔はなく、柔和で穏やかな表情を浮かべていた。


「ご無沙汰しております。こんな勝手な真似してすいません」


僕は立ち上がり、ご両親に謝ると、それを遮るように彼女のお父さんが言った。


「毎年しっかり一週間前に来てくれて掃除をして、綺麗な花を手向けてくれていたのは今井くんなんだろ? 私が君にあんなことを言ったから、命日に来るのは遠慮していたんだろう? あの時は娘を失った悲しみと、相手の運転手が亡くなったこともあって、怒りをぶつける先が無くて、そのやり場の無い怒りを君にぶつけてしまったんだ。今更何を言ってるんだと思うかもしれないが、謝らせてくれ。本当に申し訳なかった。この通りだ」


そう言うと、お父さんは深々と頭を下げた。


「いえ、そんな、顔を上げてください」


僕がお父さんの両腕に手を添えながら言うと、ようやく顔を上げてくれた。


「後から聞いたよ。君はほとんど雪を見たことが無い怜のために、怜の喜ぶ顔が見たくて出かけたんだと」

「あれからもう5年だ。怜を失った悲しみは消えることはないけれど、いい加減我々も前を向かないといけないと思ってね。残された人間がいつまでも悲しんでいても怜は喜ばないだろう。それは決してあの子を忘れることではなく、あの子の思い出と生きていくということなんだよ。怜はいつも空から私達のことを見ているんだから……」


お父さんは空を見上げた。


「あの子には年子の妹がいてね、去年の怜の命日に子供が生まれたんだよ。怜に似た可愛い女の子でね。娘は『お姉ちゃんの生まれ変わりだね』って喜んでねぇ。その子に希望を込めて『未来』という名前をつけたんだよ」

「今井くん、君はまだ若い。君こそが前を見て進まないといけないんだよ。君が幸せになることこそが、あの子が、怜が一番望んでることなんじゃないだろうか」


お父さんの話を聞く僕の頬を涙が流れていた。ポロポロと粒になって流れてゆく。

ふと横を向くと怜が笑顔でうんうんと頷いているのが見えた。

僕が「怜!」と呼ぼうとしたらニッコリと笑いながら空へと消えていった。

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