するべきことはひとつ
「ヨリ戻してみる?」
えっちゃんからの予期せぬお言葉に僕の心はざわついた。あれこれわかりあえてる関係というのは、それだけで安心できるものだ。僕が頭の中で考えていると、
「なーんてね。今井くん、逃した獲物は大きいよ。私には素敵な旦那がいるのだよ」
左手の甲をシャキーンと顔の横に上げながら冗談めかして彼女は言った。左手の薬指には指輪が光っている。確かに以前よりも洗練されて、ずっと魅力的に見えた。
「結婚してるんだ? それはおめでとう。へぇー、えっちゃんが人妻かぁ……」
元カノが結婚してるというのは少しセンチな気分になる。自分がこんな体たらくだから余計にそう感じてしまうのかもしれない。
「えっちゃんゴメンね。あの頃は自分のことで精一杯で……」
「うん、仕方ないよ。近くならともかく、離れちゃうとね……。会いたい時に会えないっていうのは辛いもん。でも、あの時今井くんと別れたから今の私があるわけでさ。今の私はとても幸せだから、結果オーライかな。でも、時々、あのまま今井くんと付き合ってたらどうなっていたんだろうって思ったりするんだよ」
「あのまま付き合っていたら……か、……」
もし彼女と続いていたら、怜と恋に落ちることもなかっただろうし、怜を失うこともなかっただろう。そして羽月ちゃんと出会うことさえ無かったかもしれない。
それは幸せなことなのだろうか。今となってはどれが正しいとか間違ってたとかじゃない。これが、今が、僕の人生なのだから。
「今井くんは元気にしてた?」
「えっ、うん、まぁね」
「結婚は? まだ?」
「うん、まだ独身。相手もいないし、今のところ、する気もないし」
「えー、そうなの?」
「うん、まぁね。えっちゃんと別れてからいろいろあってさ……。恥ずかしながら、都落ちみたいなもんなんだ」
「ふぅーん……、そうなんだ……。でもね、私が言うのもなんだけど、今井くんには幸せになってほしいなぁ。君は周りに気を使っちゃうタイプだからさぁ。そこのところはもっと自分の為に動いてもいいと思うよ。」
「周りに気を使う?」
「そうそう。だいたい一度振った女の子に告白するなんてさ。井上くんに気を使ってたんでしょ」
「う……、あれ?その話ってしてたっけ?」
「聞いてないけど、それぐらいわかるよ。こっちは振られてもずーっと今井くんのこと忘れられなかったんだから……」
初めて聞いた。付き合う前から両片思いだったとは……。
「私ね、今でもきっと今井くんのこと好きだよ。別れちゃったけど、あれは距離に負けて寂しかったからだしね。でも結婚して幸せに暮らしてる。そして旦那を愛してる。だからね、今井くんにも幸せになって欲しいんだ。自分のために動いて幸せを掴んでほしいな」
彼女はしみじみと僕に語りかけた。
「ね、今井くん、好きな人とかもいないの?」
「好きな人ねぇ……」
今でも忘れられない彼女の顔が浮かぶ。
「いるよ。この世界で一人だけね。そして彼女が幸せになることを心から願ってる……」
「その彼女、今井くんが幸せにしてあげなよ」
「えっ?」
「世界に一人だけの好きな人がいて、その人の幸せを願ってる。だとしたら今井くんがするべきことはひとつしかないじゃない。きっと君のことだから何かに誰かに遠慮してるんだと思うけど、今井くんも本当はわかってるんでしょ?」
えっちゃんの言葉に僕は何も言い返せなかった。
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