随分と長い時間、ベッドの上にいた。

別に何をするわけでもなく、あれやこれやと話し続けた。

趣味や嗜好も違うが、篠崎さんは何かが僕と同じタイプの人間なのかなと感じた。


「あのさ、もしかしたらなんだけど、今井くんて恋愛で辛い思いをしてきたんじゃない?」


篠崎さんは突然切り出した。


「えっ、何でですか?」


「うん、何かさ、私と同じ種類の人なのかなーって思ったんでね。ほら、女の勘てやつよ」


「………」


僕は答えずに黙っていた。


「私さ、2年前にフラレたんだ。2つ上の彼氏だったんだけどね。いずれは結婚しようなんて言ってくれてたんだけどさ……。何でも話せるような優しい人で、私のことを大切にしてくれてたの。でもある時、いきなり求められて……私は彼のことが好きだったから応えるつもりだったんだ。それで『初めてだから優しくしてね』って言ったら、急に彼が固まっちゃってね。『え?この歳で初めてなの。マジで?』って。『ゴメン、ちょっとムリかも』って言われちゃったんだ。この年まで未経験って重いんだって。それから音信不通ってわけ。情けないでしょ? だから恋愛なんて私にとってどうでもよくなっちゃってね。それからかな、お化粧も身だしなみ程度にしかしないようになったのは……」


「でも、それはもったいないですよ。篠崎さんはとても素敵な人です。そんな理由で恋愛しないなんてダメです。僕が許しません」


「ありがと。今井くんは思った通り優しい子だね。でもね、また誰かと付き合っても同じことが起きるかと思っちゃって、正直トラウマになっちゃってるんだ。自分のすべてを見せて、それを否定されるって結構キツイよ。

私さ、こんなサバサバしてるふりしてるけど本当は臆病でね。今井くんにえっちしよなんて言うのも、経験豊富なお姉さんを装って本当の自分を隠してるだけなんだ……。

私、高校2年の時に先輩に告白されて、初めて付き合ってね。たくさんデートしてとても楽しかったんだ。何ヶ月かした時に彼の家に遊びに行ったら、突然ベッドに押し倒されて。大好きな人だったんだけど、心の準備とかできてなかったからビックリして思いっきり拒否したら、何だか気まずくなってそのまま別れちゃったんだ。それから、なんだか男の人が怖くなっちゃってさ。10年経ってやっとできた彼氏には重いって言われて……もう恋とか愛とか、そんなものはどうでもいいんだ……」


そう言って、寂しそうに笑った。


「あれ、ゴメン。私、何言ってるんだろね。暗くなっちゃったね。ゴメンね。気にしないで」


僕は、何かを諦めている篠崎さんが許せない気持ちになった。だって、恋愛ってもっともっと素敵なものだから。そりゃあ、悲しいこともあるけど……。


「篠崎さん、今、僕とひとつの布団に一緒にいてどうですか?」


「えっ、うん、楽しくてあったかくて、幸せ…かな」


「誰かと一緒にいるって、そういうことです。価値観なんて人それぞれ違います。すべての男が篠崎さんを突然押し倒したりしないでしょ。すべての男がアラサーで未経験の女性を重たいとは思わないでしょ。少なくとも僕は篠崎さんてとても魅力的な女性だと思います。だから、もっと自分を信じてあげて下さい。誰かを好きになったり、誰かに好かれたり、それはとても素敵なことです。好きな人と一緒にいることを怖がらないで下さい。篠崎さんは絶対幸せになれますから」


僕は柄にもなく熱く語ってしまった。語りながら涙が流れていた。

こんなところで羽月ちゃんの顔が浮かんでくるなんて……。


篠崎さんは何かを察したようだった。ぽんぽんと僕の頭をそっと叩いてから、優しく語りかけた。


「君は相当辛い経験をしたみたいだね。だからそんなに優しくなれるんでしょ。私も今井くんには幸せになってほしいな」


そう言うと、「えいっ!」と叫びながら僕を抱きしめた。

篠崎さんの身体は、熟した果実のような柔らかさで僕を優しく包み込む。


「今井くん、どうもありがとう。私、頑張ってみるよ。だから、あなたも幸せにならなきゃダメだよ」


「すいません、何だか傷口を舐めあってるみたいでカッコ悪いですね」


「む、確かに。じゃあ景気づけに1回えっちしとこっか!」


「篠崎さん!処女なんだから無理しないの」


「はいはい。でも今井くんこそ、あとから『やっぱりヤラせて』なんて言うなよ」


僕らは見つめ合って笑った。


傷は時間とともに、そして誰かと出会うことで少しずつ癒やされてゆく。


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