高尾山アゲイン
「じゃあ明日、9時に高尾山口駅の改札で集合だからな。みんな遅刻すんなよ!」
私は高校三年生になっていた。
受験を控えて、今のうちにみんなで思い出づくりをしておこうと誰かが言い出した。クラス替えは無かったので、周りはみんな仲がいい。仲良しグループで話が盛り上がり、新緑の季節ということで高尾山に行くことになった。
――高尾山か、ちょっと複雑だなぁ
半年前に今井さんと行った場所。いろいろ思い出して、寂しくなるに決まってる。
「ねぇ、私やっぱり、行かなくてもいいかな?」
「えーっ!そんなのダメだよ。明日は男女4人ずつなんだから」
「うん、でもね、高尾山はちょっと……」
「うーん、羽月の気持ちもわからないわけじゃないけど、それを乗り越えていかないと。彼との思い出の場所、どこにも行けなくなっちゃうじゃん。それにみんな勝手知ったる面々だから、ワイワイ楽しんじゃえば大丈夫だよ、ね!」
「う、うん……」
当日は夜中に少し雨が降ったものの、朝から気持ちの良い五月晴れとなった。
「ちょっとぉー、アンタたち!レディーを置き去りにして先に行くって、どうゆうことよ!!」
ゆかりが声をあげた。男の子たちはじゃれ合いながら、誰が一番登るのが早いかを競っているようだ。
「あ、ゴメン。何だか遠足みたいで楽しくなっちゃってさ」
リーダー格の山本くんがニコニコ顔で謝ってきた。彼は私と同じ美術部の部長。肩書からするとバリバリの文系っぽいが、山好きのご両親の影響で、小さい頃から北アルプスや南アルプスを連れ回されていたらしい。年季の入ったザックはみんなのものよりふたまわりは大きいものだ。
「もー、できるオトコはこういう時にちゃんと女の子をサポートするものなんだからね!」
「じゃあ、ゆかりはサポート不要ってことだな」
「何よ、それ?」
「だって女の子っていうのは、優しくて慎ましやかなものだからさ」
「やーまーもーとぉ、喧嘩売ってんの? そっちがそう来るなら、中2の合唱祭の話、みんなにしちゃうわよ」
「うぐっ、ごめんなさい、ゆかり様。僕が全部悪いんです」
「わかればいいのよ。わかれば」
ゆかりと山本くんはご近所さん同士で、なんの因果か小中高と同じ学校に通ってる。もはや腐れ縁というやつだ。
このグループは、そんな二人を中心に回っている。
みんな落ち着いてきて、新緑の木々を眺めてはあれこれ話しながら歩いていた。
私が息を切らしながら歩いていると、山本くんが声を掛けてきた。
「安彦さん、大丈夫?」
「うん、ありがとう。さすが山本くんは余裕だね」
「まーね。穂高や赤石に比べれば楽勝楽勝」
「そっかー。山本くん、かっこいいなぁ」
「……」
私の言葉に一瞬、間が空いた。
「あ、そういえばさー、俺、安彦さんの描く絵が大好きなんだ。去年の文化祭に出した天使の絵とか、見た瞬間にビビッときてさ。『うわっ、安彦さんてこんな絵を描くんだ』って衝撃を受けたんだ。一年の時から美術部で一緒に描いてきて、上手いなぁとは思っていたけど、何ていうかなぁ、あの絵は希望に満ち溢れたとても素晴らしいものだと感じたんだよね」
山本くんは身振り手振りで熱く話してくれた。
あの絵は今井さんのことを思いながら描いたものだった。だから、今となっては誉められても素直に喜べない私がいる。
「……そうなんだ。どうもありがとう」
「うん、でもさ、最近の安彦さんの絵って悲しげな感じがしてね。俺、部活もクラスも一緒なのに、安彦さんとあんまり話したことなかったから、それでこんなこと言うのも、お前が言うなって言われちゃうかもしれないけど、あの頃と違って元気ないかなと思ってさ。それに笑うことも少なくなった気がするし……俺さ、安彦さんの笑顔も……だい」
山本くんの話の途中で彼を呼ぶ声がした。
「おーい、山本ーっ、そろそろひと休みしようぜ!」
「えっ、あぁ、そうだな。じゃあ10分休憩にしよう。みんなしっかり水分取ること。汗かいてるから寒かったら上着を羽織ること。そのままだと風邪引いちゃうからなー」
山本くんは経験者らしくみんなにアドバイスしていた。部活でもそうだが、みんなをまとめる姿はとてもかっこいいと思う。
そういえば、さっき山本くんは何を言おうとしたんだろう?
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